7.カウントダウン
1991年になっても事態は好転しなかった。イラクは人質を段階的に解放していたが、クウェートからの撤退の気配はまるで無かった。一方、多国籍軍の集結は進められていて、戦争の準備は着々とできていた。しかし、この状況を見ても報道機関、特に日本のそれでは“戦争は起きない”という希望的な観測が流されていた。
その頃には日本軍部隊にも多国籍軍の作戦の詳細が伝えられていたが、近衛師団の取り扱いはまだ定まっていなかった。高良中将も第3軍団の会合に出席して、ブラッドソー中将に陳情したが、なかなか色よい返事はもらえなかった。
一方、成仁たちは海兵隊に割り当てられた施設で実戦に近い訓練を繰り返していた。彼らはそこで再びアメリカの恐ろしさを知ることになる。
「しっかし、こんなもんを造っちまうとは。さすがはアメリカですね」
四四式戦車砲塔の砲手用ハッチから上半身を外に出す大滝曹長が、同じくハッチから上半身を出している成仁に向けて言った。
「まったくだ」
成仁が頷いた。彼らの目の前にはクウェートとの国境にイラク軍が築いた城塞があった。砂を積み上げた防壁に鉄条網、地雷、ガソリンを流した火炎壕。多国籍軍の攻撃から自分達の新たな国土を守るために建造した要塞であった。問題は成仁の居るのが国境地帯から遠く離れた演習場に居るという点である。
「丸ごと再現するとは」
成仁は呆気にとられていた。アメリカ軍の工兵隊が、突破の為の作戦を練り、さらに実施部隊に訓練をするために国境のイラク軍が設けた障害を演習場に再現したのである。
待機する日本軍部隊を前にして突破部隊が演習をしている。先頭をすすむのは地雷除去用ローラーを取り付けたM1A1戦車で、その後ろに地雷爆破用爆弾の射出機を搭載したAAV-7水陸両用装甲車が進む。装甲車から爆弾が発射され、それが戦車を飛び越えて障害の中に落ち、爆発して地雷を吹き飛ばす。その後、ローラーをつけた戦車が前進して残った地雷を処理する。これを繰り返して突破するのである。
米軍の突破部隊が先を進む。次は成仁たちの出番だ。
「先鋒は第2小隊。中隊全車、前進!」
中隊の無線網と繋がったイヤフォンマイクに向けて叫ぶ。それと同時に彼の指揮する戦車隊が一斉に動き出す。
先頭を行くのは第2小隊で、さらにその中で先頭を進むのは二号車だ。小隊長の乗る一号車は二号車の後に続く。
「米軍戦車を同じコースを進むんだ」
車長の命令に酒巻操縦手は緊張していた。狭い戦車の視野では海兵隊が砂の上に残した轍を探すのは難しい作業だ。
「おい。コースを外れているぞ!右だ!もっと右!」
怒鳴り声が車内電話から聞こえてくる。
「申し訳御座いません」
酒巻は必死にハンドルを動かした。小隊の残りの戦車が続く。その後に続くのが成仁ら中隊本部である。中隊長及び中隊副長の戦車2輌と装甲兵車2輌から成る。
「先頭が随分、四苦八苦してるみたいだな」
酒巻の迷走は成仁の目からも明らかであった。
「あとで釘を刺しておかないとな」
訓練が終わると将兵が集まり、訓練結果の再検討が始まった。つまり、それぞれの将兵が適切な判断、行動を行なえたかを確認し、次に実行すべき教訓を探すのである。
「酒巻操縦手。君は的確な運転ができていなかったように見えるが」
厳しい表情の成仁が指摘すると酒巻がうつむいた。
「その通りであります」
「顔を上げろ!原因はなんだ?」
酒巻は成仁と向き合った。
「自分の現代位置を見失いました」
「その通りだ。お前は砂漠の中で、敵の障害の中で自らの位置を見失った。その意味が分かるか?」
成仁は酒巻から目を離し、集まった将兵達を見渡した。そして声を張り上げた。
「ここはあくまでも演習場だ。しかし実際の戦場には地雷があり、敵兵が居る。小さなミスが部隊全体を危険に晒す。お前たちは自分の命だけでなく、部隊全員の命をも背負っているんだ!それを肝に銘じろ!」
それから成仁は1人の男に目を向けた。中隊副長の上月である。さきほどの厳しい表情とはうって変わった穏やかな口調で言った。
「明日からの訓練は航法中心でいこう。射撃については文句のつけようがない」
「了解です」
上月は力強く返事をした。
その頃、成仁らサムライ旅団を海兵隊に送り出した近衛師団主力は慌しくなっていた。
近衛師団主力は相変わらず多国籍軍の戦略予備部隊として後方に待機していた。そこへイラク軍が多国籍軍に対して先制攻撃を行い、イラクとサウジアラビアの国境線に沿って設けられた街道の遮断することを目論んでいるという情報が入ったのだ。国境野沿いの街道は多国籍軍の重要な補給線であり、そこを遮断されれば戦争の勝利はおぼつかない。多国籍軍はただちに国境の部隊増強を命じた。
近衛師団も国境線沿いに進出してイラク軍の攻撃に備えることになった。近衛師団が新たな担当地域となったのはイラクとクウェートの国境線とサウジアラビアとの国境線にぶつかるポイントで、ルーキーポケットのコードネームが与えられていた。
結局、イラク軍の先制攻撃は無かったが、近衛師団は新たな戦地に移動したことにより今次の戦争において決定的な役割を果たすチャンスが与えられることになった。
そして世界は運命の1月17日を迎えた。
ようやく次回開戦です。ただ私のPCに問題が発生しまして、これに限らず全体的に更新が遅れると思われます




