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6.サムライ旅団

キング・ハリド軍事都市

 12月の半ばになった。その日、近衛師団長の高良中将はアメリカ第3軍の指揮官である陸軍中将の招待を受けていた。現在、近衛師団は第3軍の戦略予備部隊に指定されていた。

 高良が呼び出されたのは砂漠の中にある巨大な人工都市、キング・ハリド軍事都市であった。1970年代にアメリカがサウジアラビア防衛のために建設したこの軍事都市は最大6万人以上の人員を収容でき、湾岸危機においても多国籍軍の重要な拠点として機能していた。

「それでご用件は?」

 高良中将が尋ねると第3軍司令官は申し訳無さそうに答えた。

「君のところの1個旅団を転出させてほしい?」

 その答えを聞いて高良は顔色が変わった。

「それはどういうことですか?」

 近衛師団は3個旅団から成るが、その1個を持っていかれては師団の打撃力は3分の2になるうえに、部隊運用の観点から見ると前線に2個旅団を並列して1個を予備にするのが基本であるから1個旅団の転出は近衛師団から予備兵力が奪われることを意味する。

「第3軍団が現状の戦力では共和国防衛隊の撃破に不十分と主張していてな」

 司令官の説明によれば第3軍団の増強の為にクウェート正面の海兵遠征軍に配備されたイギリス第1機甲師団を転属させ、その代替戦力として機甲旅団を海兵隊に差し出さなくてはならないのだという。その旅団を第3軍の予備部隊である近衛師団から提供するのだ。

 当然ながら高良中将は異議を唱えた。

「だったら我々近衛師団を第3軍団に配属すればいいじゃないですか?なんで我々は戦力を分割された上に予備でいなきゃならないんですか?」

「君の意見はもっともだ。ブラッドソーも君たちを欲しがっている」

 第3軍団の指揮官であるダニエル・ブラッドソー中将はイギリス師団だけでなく近衛師団も加えて5個師団態勢でイラク軍を粉砕したい考えだったし、アメリカ軍部隊にも近衛師団を戦略予備として使うことに懐疑的な意見もあった。いざという時の予備には機甲部隊よりも高い機動力を発揮できるヘリコプター部隊の方が良いという意見だ。だが多国籍軍の事実上の最高司令官である中央軍司令官がそれらの主張を退けた。

「なぜですか?我々が信用できないんですか?」

「違うよ。君たちは信用している。信用されていないのはエジプト軍だ」

 多国籍軍はアメリカを中心とするアメリカ中央軍とアラブ諸国の連合部隊であるアラブ合同部隊に分けられる。宗教上、政治上の理由により両者の間には直接の指揮系統は存在しない。そしてアラブ合同部隊の主力を担っているのがサウジアラビアとエジプトの軍隊であるが第3軍司令官の言葉によれば中央軍はエジプト軍を評価していないのだという。

「それで彼らの進撃が滞った時には君たちに突入してもらうのさ」

「中将。私はエジプト軍を信頼しています。彼らは幾度の中東戦争においてイスラエルを相手に激戦を繰り返している。我々は日本を代表してここへやってきました。それが不要な心配のために買い殺しにあるのでは堪りません」

「分かっているさ。言っただろう。ブラッドソーは君たちを欲しがっている。主作戦に参加できるように努力はするよ」

 だが第3軍司令官は確約をしなかった。

「それでどのような作戦を?」

「海兵遠征軍が南からクウェートへ進み、第3軍団と第18空挺軍団が西から攻撃する。だが西からの攻撃がどのような形になるかは定まっていない」

 このとき、高良は司令官の説明について“クウェートを西側から攻撃する”程度と受け取っていた。そして後に決まった作戦の詳細を知らされて驚愕することになる。



 高良中将は近衛師団司令部に戻ると、海兵隊に配属する旅団の選定にかかった。熟考の末に高良中将は第1旅団を選んだ。姶良中佐の指揮する戦車第1連隊、そして成仁の中隊が配属された旅団である。

 彼らが配属されたのはクウェート正面に配置されたアメリカ海兵隊第1海兵遠征軍である。第1海兵師団、第2海兵師団、第4海兵遠征旅団、第13海兵遠征隊、第26海兵遠征隊などの陸上部隊、航空部隊から成る。さらに日本海軍陸戦隊旅団も配属されている。彼らは精強な部隊であり、クウェート奪還という重大な任務を担うには相応しい部隊であった。ある一点を除いて。

 一点とは戦車が旧式であることだ。海兵隊の主力戦車は105ミリ主砲と丸い砲塔が特徴的な旧式のM60である。射撃統制装置は近代化が行なわれ、爆発反応装甲が追加されているとはいえ30年前の戦車だ。その点の事情は日本海軍陸戦隊も同様で、主力戦車はM60と同レベルの二八式戦車であった。

 相手は中東随一の陸軍国家である。その大軍団が守るクウェート奪還作戦を任せるのにはあんまりな状況であった。海兵遠征軍が陸軍の機甲部隊の配置を求めた所以である。

 勿論、海兵隊も陸軍の助けを借りている状況に甘んじているわけではない。本国から新たにM1A1戦車を装備したばかりの部隊を送り込んだのである。彼らは近衛旅団とともに第2海兵師団に配置され、クウェート奪還作戦の先鋒を担うことになる。




クウェート・サウジアラビア国境地帯、第1海兵遠征軍戦区

 第2海兵師団に配属された近衛第1旅団には戦車第1連隊、戦車第3連隊、近衛歩兵第1連隊第2大隊、近衛歩兵第3連隊第1大隊の4個大隊及び大隊規模部隊を基幹として、さらに近衛砲兵連隊から155ミリ自走榴弾砲大隊1個とMLRS中隊1個が配属されていた。自前の補給部隊も揃えて単独での作戦能力を持つ完全な諸兵科連合旅団である。

 最初に海兵隊陣地に到着したのは戦車第1連隊であった。その中に居た成仁が最初に思ったのはクウェートとサウジアラビアの国境線一帯にほどんど兵が配置されていない事実への驚きであった。海兵隊主力は国境から100キロも南に居て、国境地帯は偵察部隊が少数配置されているだけでイラクの精鋭部隊が眼前に居るにもかかわらずまったくの無防備であったのだ。

「これはどうしたことなんですか?」

 成仁が海兵隊士官に尋ねると、彼もその状況に困惑しているようであった。

「兵站部隊の準備が遅れているんだ。国境をこんなに無防備にしたくないのに。これじゃあ、イラク軍の更なる進撃を招きかねない!」

 彼の嘆きは後に現実となる。



 ともかく近衛第1旅団は第1海兵遠征軍に配属され、海兵隊員たちからサムライ旅団と呼ばれて頼られることになる。しかし、近衛師団主力は来るべき作戦にいかなる形で参加するかまだ定まっていなかった。そして、また彼らは森林用迷彩を着ていた。

 そうこうしているうちに1990年が終わった。

 ヨーソック氏は実在の人物で史実の湾岸戦争でも第3軍の指揮官でした。ブラッドソー氏は架空の人物で、世紀末の帝國の改訂版第3部その8に登場の国防長官です。

 話は変わりますが録画していた『電波女と青春男』と見たら思いっきり名古屋駅が出てきた。やっぱ地元の登場はうれしいですな


(改訂 2012/3/20)

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