5.改良作戦
12月に入ったある日、成仁は中隊副長の上月中尉と共にサウジアラビアの港町ダンマームに向かっていた。今やそこは多国籍軍の補給拠点と化しており、成仁たちはある本国からの荷物を受け取るためにダンマームへと向かっているのだ。
ダンマームには大量のコンテナが並んでいた。案内役のアメリカ軍士官に尋ねると、全て多国籍軍の補給物資であるという。
「いやぁ。凄いな。これほど多くの物資が必要なほど大部隊が集結しているのか」
上月が感慨深げに言うと、米軍士官は苦笑して事情を説明した。
「それもあるんですが、実はいろいろと問題が発生しておりまして」
彼の言うにはアメリカ軍の膨大な物資は膨大すぎてサウジアラビアの港湾だけでは捌ききれず中東各地の港湾に分散して陸揚げしているのだが、管理が杜撰なためにどこになにがあるか分からず、なかなか物資を前線に送り込むことができず、また到着した部隊に装備を配備することができないのだという。さらにそんな状態で前線の部隊は補給物資を確実に入手するために二重三重に発注をするので、アメリカの兵站組織は飽和状態にあると米軍士官は語る。
「じゃあ、あのコンテナ群は?」
成仁が尋ねると米軍士官は溜息をついて答えた。
「開封して中身を確認する作業を待っている荷物です」
「そりゃ大変そうだね」
成仁も苦笑いしながら答えた。
「しかし、そうなると装備を受け取れない部隊も多いのでしょう?」
上月が尋ねると米軍士官が頷いた。
「えぇ。到着した部隊はここで2、3日待機して装備を受け取って、そのまま前線へと向かう予定だったんですが、既に2週間は待ちぼうけをくらっている奴がいますよ。待機している兵士は増える一方ですよ」
「それは大変だ。宿泊施設の確保も大変でしょ」
成仁が心配そうに尋ねると、米軍士官は極自然に答えた。
「それは大丈夫です。待機用の兵舎を建てましたので」
それを聞いて日本人2人は固まった。米軍士官はなにごとも無かったように先へと進んで行った。
「今、兵舎を建てたって言いましたよね?至極当然のように」
「本当にアメリカという国はなぁ」
ちなみに待機用兵舎で装備を待つ兵士の人数は1月にはピークをむかえ、3万人に達したという。
「ところで、お2人はなにを受け取りに来たんですか?」
今度は米軍士官が尋ねてきた。答えたのは上月だった。
「戦車の装甲板です。日本中から新型装甲を掻き集めて、部隊の戦車の装甲と交換するんですよ」
四四式戦車は各区画が交換の容易なモジュラー構造となっている。開発時点では技術開発が十分に進んでいなかった為、将来の技術進歩を見越して簡単にヴァージョンアップができるようになったのである。装甲もその一例で、当初は最新鋭の複合装甲の開発が進まず、やむなく一世代前の中空装甲を搭載した。しかし、最近になってより高度な防御力を誇る複合装甲の開発に成功し、既に配備済みの戦車の装甲を換装する作業が始まっていた。
湾岸危機に際しては日本各地から戦時の予備として保管されていた装甲板がサウジアラビアに取り寄せられて、派遣された四四式の装甲を全て複合装甲化することを目指している。交換の容易なモジュラー構造である故に可能な荒業である。
それを聞いた米軍士官が言った。
「そうですか。実はうちでも戦車の主砲の換装を進めているんです」
アメリカ軍の主力戦車として配備が進められているM1エイブラムスの初期生産型は105ミリ砲を装備していて、後に生産されたA1タイプから四四式と同じ120ミリ砲に換えられている。湾岸地域に派遣された部隊にはまだ多くの105ミリ砲装備のM1エイブラムス初期型が配備されていた。
「それは大変ですね」
成仁は思わずそう口にした。主砲の換装となると大規模な改修作業が必要になる。その困難さはモジュラー式装甲の交換の比ではない。
「本土に送るんですか?」
だから成仁はこう尋ねるのも当然である。普通の国ならそうなる。だが、アメリカは普通の国ではなかった。
「いいえ。こっちに臨時の工廠を建てました」
その発言に日本人2人はまた固まり、そして米軍士官はなにごとも無かったように先へと進んで行った。
「今、工廠を建てたって言いましたよね?至極当然のように」
「本当にアメリカという国はなぁ」
アメリカ軍の戦争準備を最終段階に入ろうとしていた。
2人が装甲板の到着を確認すると、日本陸軍が契約したサウジアラビアの運送会社によって運び出され、近衛師団の駐屯地に持ち込まれた。そして整備員たちの手によって次々と装甲板の交換が行なわれた。
空間装甲と複合装甲。どちらも対戦車兵器の発達に対する回答として誕生した装甲である。
空間装甲は成形炸薬弾に対抗すべく装甲を二重にして間に隙間をつくった装甲である。成形炸薬弾は爆発エネルギーで装甲に穴を開ける弾であるが、間に隙間をつくることで爆発エネルギーが拡散して貫通力を弱めることができるのである。しかし、その効果には、特に成形炸薬弾対策の装甲であるので徹甲弾に対して限界がある。
一方、複合装甲は異なる材質の装甲板を組み合わせることで防御力を高めた装甲である。四四式用に開発されたものは鋼鉄板と日本の得意分野となりつつあるセラミック素材を組み合わせたもので、セラミックはその硬さ故に成形炸薬弾や最新の高速徹甲弾でさえ簡単には貫通を許さないのである。硬いということは脆いことも意味するが、鋼鉄の装甲板と組み合わせることによりそれを補い強靭な防御力を獲得している。各国の最新戦車の標準装備となりつつある最新の装甲なのだ。
「これで遠慮なく戦えますな」
上月が交換作業を眺めながら呟いた。中空装甲を使っていたこれまでは防御力に不安があったが、これで憂い無く戦うことができる。
「あぁ。日本の戦車がいかに進歩したか世界に示せるな」
成仁が感慨深く言った。かつて日本の戦車の評価は低かった。技術力や工業力の不足、限られた国力故の航空機への資本集中、そして重量級戦車の運用が厳しい各種インフラの不足。そうした様々な要因が重なって日本の開発した戦車は諸外国に比べて火力、防御力ともに劣っていた。
四四式戦車は日本陸軍が誇る世界水準の戦車である。不謹慎を承知で言えば、この危機はまさに日本の戦車技術の発展を世界に示すチャンスであった。
「問題は我々がどのような戦いをするかだな」
そして、それを決める作戦計画の立案が進められていた。
即席兵舎と即席工廠は実話らしい。本当にアメリカってチート(笑)