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2.中隊

 成仁は中隊の待機している場所に戻ると、部下達が戦車の整備をしていた。四四式戦車は乗員が従来の4人から3人に減っているので、その分だけ1人当たりの仕事量が増える。故に整備は中隊の全員が協力して行なわなくてはならない。車長が欠けた中隊長車にいたっては元の乗員だけではどうにもならず、他の戦車から2人の増援を得て整備作業を進めていた。

「調子はどうだ?」

 成仁が声をかけると、履帯(キャタピラー)を覗いていた砲手の大滝弥一郎(おおたき やいちろう)曹長が立ち上がって振り向いた。

「ご帰還おまちしておりました、大尉殿。どんな様子でした」

「俺達はサウジアラビアに行く」

 それを聞いてエンジンパネルを覗いていた操縦手の神谷栄治(かみや えいじ)一等兵が顔を上げた。

「本当ですか?」

「本当だ」

 成仁の真剣な言葉に応援として駆けつけた2人の兵士も作業の手を止めた。

「マジすか!」

 その兵士の1人が思わず呟いた。

「おい!大尉殿の前だぞ」

 大滝が怒鳴ると、その兵士は顔色を変えて頭を下げた。

「申し訳御座いません!大尉殿」

 腰を折ったままぶるぶる震えている兵士を前に成仁は苦笑いしながら言った。

「構わんよ。酒巻(さかまき)二等兵だったね」

 ようやく顔をあげた酒巻の顔は赦された安堵から緩んでいた。

「はい。第2小隊の二号車、操縦手であります」

「気をつけろよ。次は無いぞ。作業を続けろ」

 酒巻はもう一度頭を下げると、整備に戻った。

「いよいよ実戦ですか」

 神谷が確かめるように聞くと、成仁は無言で頷いた。

「ところで大尉殿。実戦になるということは…」

 大滝は遠慮がちに尋ねた。成仁は彼の言わんとすることがすぐに理解できた。ようするに“実戦になるのなら、宮様軍人は現場部隊から放されるのでは?”と懸念しているのだ。そして、その懸念は現実のものになろうとしていた。

「安心しろ。私はその件について中央まで直訴しに行くつもりだ。俺はお前達の中隊長だよ」




 数時間後、成仁は機上の人になっていた。私服に着替えると釧路空港で日本航空輸送の羽田便に乗り込んだ。羽田空港に到着した成仁はすぐに都内にある閑院宮邸に向かった。待っていたのは家督を亡くなった祖父から引き継いだばかりの当主で、現役の陸軍中将である父であった。

「なるほど。それで直訴に来たというわけか?」

 父は成仁の説明を聞いて溜息をついた。

「まったく。困った息子だ」

 口ではそんなことを言いつつ、父はまんざらでもない表情であった。

「申し訳御座いません。ご迷惑をおかけして」

 真剣な表情で言葉を重ねる成仁に父は穏やかな表情で答えた。

「それは構わんさ。問題はお前に覚悟ができているかどうかだ」

 その言葉に成仁は怪訝な表情をした。

「覚悟ですか?勿論、軍人を志した時から命を捨てる覚悟で…」

 父は首を横に振った。

「そういう覚悟じゃない。お前は指揮官だ。指揮官は部下を率い、時に死なせることになる。その覚悟はできているのかと聞いている」

 成仁は思わぬ問いに俯いて黙ってしまった。そして暫く考えてから、ようやく口を開いた。

「分かりません。しかし部下のことを言うなら、なおさら引き下がれません」

 成仁は顔を上げて、父と向き合った。

「もし部下達を誰かに預けてなにかあれば、一生後悔することになる。共に訓練に励んだ中隊です。最期まで責任を持ちたい」

 それを聞いた父は真剣な表情で頷いた。

「そうか。お前がそのつもりなら便宜を図ろう」




釧路港

 成仁の上京から一週間後、戦車第1連隊第2中隊の戦車は釧路の港へと集結していた。港には陸軍船舶兵団に所属する大型高速貨物船<奉天丸>が入港している。

 <奉天丸>はRo-Ro船と呼ばれるタイプの貨物船である奉天丸級の第1番艦である。Ro-Ro船とはロール・オン-ロール・オフの略で、言うならばカーフェリーの貨物バージョンである。従来の貨物船とは異なり、クレーンなどを使わなくても荷物をトラックに載せたままランプにより積み込むことができる。輸送効率が高い上に、大規模な施設の無い港湾でも利用可能なことから近年海運の主役として踊り出たのである。

 <奉天丸>は1個戦車連隊を丸ごと搭載可能なうえに、ガスタービン機関を搭載して最大で32ノットの高速航行が可能である。本来は朝鮮で事変が発生した際に内地から部隊を迅速に送り込むために開発された。今回は中東まで戦車第1連隊の戦車を運ぶ任務を帯びる。なお運ぶのは兵器だけで人員は航空機で運ばれることになる。

 成仁は積み込み作業を進める船舶兵の中に目的の人物を見つけた。

「上月中尉!」

 声をかけると上月なる中尉は成仁の方へと振り向いた。

「大尉殿!お帰りですか!」

 上月大樹(こうづき だいき)中尉は中隊副長で、成仁の上京中は隊長代理を務めていて、今も戦車積み込みの作業を監督するために港を訪れていた。上月は上官の帰還を喜んでいたが、やがて上官が浮かない顔をしていることに気づいた。

「どうしたんですか?大尉殿」

「上月、悪い知らせがある」

 成仁の言葉に上月は息を呑んだ。大尉殿の直訴は聞き入れられなかったのか?だが成仁は一転して笑顔を浮かべた。

「残念だが君の昇進はお預けだ。しばらくは私が中隊長だからな」

「それじゃあ…」

「一緒に中東に行くぞ」

日本航空輸送は戦前に実在した航空会社で、史実では戦時中に大日本航空となります。

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