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22.崩壊の始まり

2月26日

 この日は占領されたクウェート内に残っているクウェートの情報網からもたらされたイラク軍に関する緊急情報から始まった。

 25日の深夜に入った情報によるとイラク軍が武器や略奪した様々な物資を車に載せてクウェート脱出しようとしているというのだ。すぐにアメリカ空軍のE-8J-STARSが出撃して、その情報の是非を探った。E-8は対地版AWACSと言える機体で、強力な大型対地レーダーを装備して地上の部隊を探ることができた。そしてE-8は確かにクウェートからイラクへと向けて次々と出て行く車輌の群れを捕捉した。

 それに対して多国籍軍司令官はただちに攻撃を命じた。夜間であったが、ただちに空軍の飛行機が集められ、撤退するイラク軍に対する徹底した夜間爆撃が行われた。逃げるイラク軍、攻撃する多国籍空軍、どちらも今そのときにやるべきことで精一杯になっていて、後にこの戦いが世界の注目を集めることになるとは露にも思っていなかった。



 一方、イラク軍は脱出の時間を稼ぐべく迫るアメリカ海兵隊に対して攻撃を開始した。迎え撃つ海兵隊の中にサムライ旅団も混じっていた。

「前方よりT-55の横隊が接近!」

 前哨陣地で警戒任務についている旅団の偵察隊から連絡が入った。旅団本部から前線の守る各部隊に警報が送られる。

「敵が来るぞ!警戒を厳と為せ!」

 成仁は自ら陣頭に立ち、部下達に命じた。成仁の中隊は上空から見ると右翼の方が北に突き出た斜行陣の隊形をとり、成仁はその一番突き出た最右翼に自分の戦車を配置した。最初に接触するのは成仁の戦車ということになり、相手が敵か味方かの判断を下さなくてはならないのだ。

 成仁はハッチから上半身を出し、双眼鏡で地平線を監視していた。すると戦車らしいシルエットが見えたが、敵か味方か識別するにはぼやけていた。

「総員、戦闘準備!」

 中隊無線で部下に命じてから、今度は連隊の無線網に繋ぎ友軍戦車が前方で活動していないか尋ねた。返事は予想通りだった。

『前方で活動中の友軍部隊は無い』

 それでも成仁は安心をしなかった。命がけの戦闘だ。万が一ということを考えると、どうも躊躇してしまう。

 その間にも戦車のシルエットはどんどん近づいてきて、その輪郭が次第に明らかになる。数は8輌で、その姿は敵味方識別表で見た覚えがあった。

「あれは…T-55か…」

 少なくとも日本軍かアメリカ海兵隊では無い。そして砲塔はこうちらに向けられている。

「目標は8輌のT-55部隊。撃ち方、用意!撃て!」

 成仁中隊が射撃を開始する前にT-55が撃ってきた。その弾が到着する前に四四式戦車も発砲した。両者の砲弾が空中で交差する。

 T-55の攻撃は結局、1発も当たらなかった。T-55の照準装置の能力に対して発砲する距離が遠すぎた上に、移動しながらの射撃で照準が定まらなかったのだ。

 一方、四四式戦車隊の方はT-55より高性能な照準装置を装備していて、さらに静止状態からの射撃だったのでイラク軍よりはマシだったが、それでも距離があった為に褒められたものにはならなかった。14輌の一斉射撃にも関わらず、命中弾が2発しか得られなかったのだ。それでも相手は8輌しかいないのだから、2輌撃破は大戦果である。

「吶喊!」

 成仁が命じると14輌の戦車が一斉に動き出した。狙いにくいようにジグザグに前進し、T-55との距離を詰めていく。そして日本の戦車兵達は前進しながらも砲を敵に向け、射撃を続けた。移動しながら射撃を行う行進間射撃はソ連の戦車軍団に対抗する為に日本陸軍が特に力を入れている技能で、訓練も熱心に行われている。四四式戦車は自動装填装置を使っているのも有利に働いた。走行中でも安定して主砲の装填が行えるからだ。距離を詰めることで射撃の精度も上がっていく。

 一方、イラク側は相手が動き始めたことで射撃の精度が下がっていった。数で負けていることもあり、日本軍の射撃でどんどん撃破され、沈黙していく。

 最後の2輌となったところでイラク軍戦車隊は自分の務めは果たしたと考えたのか、そのまま後退していった。成仁中隊は無理に負わなかった。被弾車輌さえなく一方的な勝利だった。




ルーキーポケット 近衛師団司令部

 成仁中隊が敵の攻撃を撃退していた頃、彼らの親部隊である近衛師団にも転機が訪れていた。

 地上戦の開始以来、近衛師団はイラク軍への牽制とアラブ統合軍への不信からサウジアラビアとイラク、クウェートの国境線が交わる地点、通称“ルーキーポケット”の前でアメリカ中央陸軍直轄の予備兵力として待機していた。近衛師団の面々はそれが重要な任務だと頭では理解していたが、軍人の心情としては主戦場で戦えず除け者にされていることに不満を感じていた。

 師団長である高良中将も不満に思っていた1人で、順調に進撃を続ける友軍の動向を示す地図上の駒を羨ましげに見つめていた。そこへ参謀の1人が満面の笑みでやってきた。

「何事だ」

 緩んだ参謀の姿に不機嫌気味の高良師団長が尋ねると、その参謀は1枚の通信文を差し出した。

「アメリカ中央陸軍司令部からの命令です」

 高良は通信文を受け取り、読み始めた。不機嫌だった顔色が読み進めていくうちに変わっていった。

「これは!」

「これで我々も戦えますよ」

 その通信文は次のような命令書だった。“近衛師団を中央陸軍総予備の任から解く。近衛師団は第3軍団に配属され、以後はその指揮を受ける”。アラブ統合軍が順調とまではいかないまでも着実にクウェートに向けて前進しており、危惧された叛乱なども起きなかったので、中央陸軍司令部はようやく近衛師団を手放す気になったのである。

 今まさにイラクの領内へ進撃を続ける第3軍団の指揮下に戻るということは、近衛師団が主戦場で戦えるということだ。

「ただちに中央陸軍司令部に受領通知を送れ。それから第3軍団に指示を求めろ。それと併行して部隊に進撃の準備を始めるんだ」

 高良師団長の命令を発する言葉は高揚しているようであった。

いよいよ戦争も佳境に突入します。

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