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21.勝利の朝

 暗視装置の視界の中に敵が見えなくなった。成仁はハッチを空けて、頭を砲塔の外へと出した。朝日はまだ見えなかったが、あたりはだいぶ明るくなった。そして敵の姿が見えなかった。

「敵の姿はあるか?」

 成仁は中隊無線の発信ボタンを押して尋ねた。すぐに答えが返ってきた。

「見えません」

 どうやら敵は後退したようだ。敵がいなくなったのを確認した後、成仁は味方の戦車を探した。撃破され炎上する敵のT-72に紛れて動き回る味方戦車の姿を確認できた。全員、無事のようである。

 成仁は再び中隊無線の発信ボタンを押した。

「全車、集結せよ」

 すぐに中隊の四四式戦車14輌が集まった。全車とも目立った損傷はない。一方的な勝利であった。動く敵の存在が無いことを確認し、味方の無事を確かめたら今度は撃破した敵に興味が移る。成仁中隊の面々は小高い丘の上に集まって円陣防御を敷いてから、初めて自分達のした事を目撃した。

「すげぇ」

 操縦手用ハッチから上半身を出した花巻操縦手は目の前に広がる光景に驚愕した。あちこちにT-72の残骸が転がっている。その数は中隊の装備戦車よりも多く、一見して無傷そうな戦車もあれば、黒々として煙を吐き出して炎上し続けているものもあった。

 成仁も戦車を降りて、その光景を前に感傷に浸っていた。そこへ上月副長がやって来た。

「思ったより脆弱な敵でしたな」

「強い敵よりずっといいさ」

 すると遠くから爆発音が聞こえてきた。戦闘が行なわれているようだ。

「友軍が逃げた敵と接触したようです。連隊主力がT-72を含んだ機甲部隊と交戦中です」

 成仁の戦車の砲塔から大滝曹長が上半身を出して報告した。彼は戦車の中で味方の通信を傍受していた。

「1個中隊を相手にしてこの様なのに、手負いの状態で連隊主力とやりあってるなら…」

 3人とも戦車第1連隊主力が一方的に残存するイラク軍機甲部隊を殲滅している様子を思い浮かべた。

「日本に生まれて良かったですよ」

 上月が冗談交じりにそう口にすると、大滝が頷いた。

「まったくですよ」



 しばらくして西に太陽が昇った。集結した成仁中隊は連隊主力と合流すべく砂漠を疾走した。なんの目印もない砂漠で、うまく連隊主力と合流できるか不安があったが、GPSという現代科学の利器が彼らを導いてくれた。

「いやぁ、GPSというのは素晴らしいですな」

 大滝が砲塔のハッチから上半身を出して、隣で同じく頭を外に出している成仁に向けて言った。

「まったくだ。こうした最新の技術をもっと使えば、戦争は様変わりする」

 これまで成仁や大滝にとって戦場における戦闘とは、大砲の大きさや装甲の厚さ、そして指揮官の采配と運によって決まるものであった。しかし、最新の電子技術が戦場を変えようとしていた。

「アメリカのやってる次世代システムとか『機甲』に論文が載ってたよな?」

 成仁は昔、陸軍機甲本部の機関誌に掲載されていた次世代技術の論文を思い出した。

「読みましたよ。読んだときは、とんだ夢物語だと思っていましたけど…」

 デジタルFCSの進歩でどんな砲手でも百発百中の命中率を誇るようになり、またデータリンクシステムにより戦車長はあらゆる情報を受け取り、まるで神の視点のように戦場を臨み名将の如く的確な指揮が可能になる。

「確かにな。だけど、GPSだけでも戦争が変わる。新砲塔型を受け取るのが楽しみだ」

 内地ではデジタルFCSを搭載する新型砲塔を装備した四四式戦車の開発が進められる。新装備は朝鮮の第20師団と北海道の戦車第1師団に最優先で配備されるので、2人も近いうちに乗り換えることになる筈だ。だが大滝は顔色を悪くした。

「俺は使いこなせますかねぇ?」

 五式戦車の時代からの戦車乗りである大滝曹長。デジタル時代の戦車に対して自分が対応できないのではという疑念を抱いていた。

「なんとかなるだろう?」

 やがてT-72の残骸の脇を通って、中隊は戦車連隊主力と合流した。



 成仁は連隊本部に出頭し、そこで全体の戦況を聞いた。二六式装甲兵車を改造した指揮車と連隊長の戦車を並べて停めて、間に天幕を張っただけの本部に入ると連隊長の姶良中佐が待っていた。

「よくやって下さいました。でも、もう少し残しておいて欲しかったですな」

 姶良は成仁中隊の成果を褒めた。建前としては成仁は部下であるが、宮様軍人が相手なので敬語になってしまう。

「イラク軍のT-72は予想以上に脆弱ですね。これは朗報です」

 続いて成仁が自分の所見を述べた。それに姶良も頷いた。

「あぁ。敵が弱いに越したことはない。他の戦線も似たようなものだ。ほとんど抵抗は無いらしい。東の第1海兵師団の方もイラク軍の攻撃を受けたが、航空攻撃で撃退したらしい」

 2月25日、海兵隊部隊がイラク軍戦車部隊の攻撃を受けたのを除いて、多国籍軍は大きな抵抗には直面しなかった。

 第1海兵師団は炎上する石油精製施設の煙に紛れたイラク軍の伏撃を受けた。しかし、海兵隊航空隊が激しい支援攻撃を行なって海兵隊を支えた。しかも、いざ戦闘が始まってしまうと、煙で視界が制限された状況では奇襲をかけたイラク軍よりも、煙さえも見通せる赤外線熱戦映像装置を持つアメリカ軍の方が優位だった。結局、イラク軍の成果は海兵隊をいくらかの間だけ足止めしただけだった。



 その一方で、2月25日はアメリカ軍が最大の被害を受けた日でもあった。それをもたらしたのはイラク軍の強大な陸軍ではなく、苦し紛れに周辺国に撃ちこんでいた弾道ミサイルだった。

 イラクはソ連製の短距離弾道ミサイルR-11、西側ではスカッドのコードネームで知られるミサイルを大量に保有していた。またイラクはさらに独自に改良を施し、射程距離を伸ばしたアル・フセイン弾道ミサイルも保有していた。

 イラク軍は開戦直後からこれらのミサイルをサウジアラビアに、さらにアラブ陣営の結束を乱すためにイスラエルに撃ちこんでいた。これらの攻撃は政治的には多国籍軍の結束という観点から問題視されたが、軍事的には大して意味のない攻撃だった。

 この日も何発かの弾道ミサイルが周辺国に向けて発射された。そのうち、1発のアル・フセイン弾道ミサイルがサウジアラビアのダーランにある米軍兵舎に落下して爆発した。死者は28人、負傷者は100人以上が出た。しかし数十万人に達する多国籍軍の大兵力と比べれば僅かな損害で、多国籍軍の軍事行動に大きな影響は出なかった。

 かくして大きな衝突も起こらず、多国籍軍は順調に前進して作戦開始2日目を終えた。

 この作品や世紀末の帝國の劇中で、レーザーを使った訓練支援システムであるバトラーについて、湾岸戦争の頃(1990年)には存在せず、それから2000年までの間に整備されたように記述しておりますが、元第71戦車連隊長の木元寛明氏の著作によると史実では1987年から使われているらしいです。痛恨のミス!

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