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20.T-72との死闘

 中隊主力の戦闘準備が終わったという報告が上月から届いた。成仁は自分の戦車を後退させて中隊主力と合流した。それから各小隊の指揮官と副官の上月を集め、自分の戦車の前で状況説明を行なった。

「つまり…中隊で大隊相手に戦うと?」

 小隊長の1人が怪訝な表情をして尋ねた。

「そうだ。連隊本部にも状況を知らせたが、連隊の集結を待っていれば敵が海兵隊の補給部隊と接触してしまう危険性がある。我々だけで奴らを止めなくてはならない」

 成仁の説明に集まった指揮官達の顔は一様に暗くなった。理論的には四四式戦車はT-72を相手に十分に優位に立てる性能を持っている。しかも相手は輸出用のモンキーモデルで性能は本国向けと比べ低い。しかし、その事実も実際に125ミリ砲の前に飛び込んでいく戦車乗りにとっては気休めにしかならないのである。

 成仁は中隊を二つに分けることにした。1個小隊をもってイラク軍の進路を塞ぎ、それに阻まれて敵の縦隊が止まったところを狙って中隊主力が側面から攻撃を加え殲滅する作戦だった。中隊長車は中隊主力に、副隊長車は足止め役となる第1小隊に同行することになった。

「君は状況を観察し、攻撃のタイミングを伝えてくれ」

 これが成仁が上月副長に託したことであった。

 すぐに指揮官達が自分の部隊に戻っていった。



 酒巻二等兵は操縦手用ハッチから顔を出して周りの様子を伺っていた。第2小隊長が自分の戦車に駆け戻っていくのが見えた。その直後に車長から車内通信機を通じて命令が下った。

「前進しろ!」

 中隊の戦車が一斉に動き始めた。酒巻は暗視装置を頼りに小隊長車の後に続いて戦車を走らせる。しばらく砂漠を進んでいくと車長が小隊長車の隣に停めるよう命令を下した。第2小隊は小さな砂丘を前にして横隊になった。第3小隊も第2小隊の横に並ぶ。そして中隊長が一番端に止まった。一方、第1小隊は副中隊長車とともに砂丘の向こうへと進んでいった。どうやら、ここで敵と戦うようだ。

 しばらく緊張の時間が続いた。



 戦車第1連隊第2中隊は上から見ればL字型に配置されているように見えただろう。L字の長い直線の方が第2小隊と第3小隊であり、短い直線が第1小隊だ。中隊長と副長はそれぞれの直線の最も外側に陣取った。

 上月は待ち伏せする第1小隊から一歩後ろに引いたところで自車を停め、暗視装置を作動させて監視の体勢を整えた。日の出が近いが、依然として地上は暗く赤外線暗視装置が必要だった。

 この度の戦争で多国籍軍の優勢を決定付けたとも言える高性能暗視装置だったが、上月はこれで敵を待ち構えながら不安を覚えていた。暗視装置を通して映像は目視に比べるとぼやけていて、特に戦車の輪郭がはっきりしていない。咄嗟のときに敵味方の識別ができるのだろうか?その不安がどうしても拭えなかった。

 その時、暗視装置が接近する戦車隊の陰を捉えた。

「射撃用意!」

 命令が第1小隊の戦車に伝わり、各々目標を決めて砲塔を動かして狙いを定めている。

 その間にも敵がどんどん近づいてくる。しかし暗視装置の画像はぼやけたままだ。だが決断のときだ。

「撃ち方はじめ!」

 第1小隊の4輌の四四式戦車が一斉にそれぞれの目標に対して砲撃を開始した。放たれた4発のうち3発がそれぞれの目標に命中した。小隊のすこし後ろに陣取って戦況を観察していた上月にとっては小隊の過半が初弾必中を成し遂げたのはそれほど驚くべきことではなかった。厳しい鍛錬の結果である。むしろ驚いたのは命中したイラク軍のT-72であった。

「一撃でか!」

 命中した3輌ともが3輌揃って吹き飛んで、砲塔が宙に舞ったのである。どうやら搭載している弾薬に誘爆したようだ。それにしても、仮にもソ連軍の第一線級戦車である。それがこうまで簡単に吹き飛んでしまったことに上月は驚いた。

「これは!勝てるぞ!勝てるぞ!」

 上月は敵の予想以上の脆弱さに先ほどの懸念を完全に忘れてしまっていた。

 一方、イラク軍は待ち伏せしてきた敵戦車を包囲すべく陣形を縦隊から横隊へと転換しようと動き始めた。陣形転換のためにT-72の車列はほとんど進まなくなってしまった。その様子を見た上月はすぐに成仁に知らせた。

「6-0、こちら6-1。今です!攻撃してください!」



「6-1、こちら6-0。了解、交信終わり。6-0から全車へ、今の聞いていたな。攻撃開始だ」

 上月副長からの報告を受け、成仁はただちに中隊全車による総攻撃を命じた。横並びになった9輌の戦車が一斉に前進して、砂丘を上った。稜線を超えると、前方に陣形を変えようと動いているイラク軍の戦車隊の姿があった。

 普通、稜線を越える瞬間の戦車は脆弱だ。斜面を登りきるまで戦車は斜面の反対側を見ることができず、乗り越える瞬間には戦車のもっとも脆弱な車体下部を晒すことになるからだ。

 だがイラク軍の方は陣形転換に忙しく側面からの危機にまったく気づいていなかった。成仁中隊主力の攻撃は完璧な奇襲となった。

「撃ち方はじめ!」

 成仁が命令を下すと9輌の戦車が斜面を駆け下りながら一斉に砲撃を開始した。四四式戦車は自動装填装置を搭載しているので走行しながらでも素早い射撃が行なえた。だがFCSは前時代の三四式を改良したものなので行進間射撃に十分に対応しているとは言い難い。それでも熟練した戦車乗りたちは平均以上の戦果を挙げた。実に半数を超える5輌の戦車が初弾必中を成し遂げたのである。

 120ミリ砲弾が命中した5輌のうち4輌が砲塔が吹き飛んだ。成仁たちは自分達の戦車がT-72に勝っているとは思っていたが、相手がここまで脆弱だとは予想もしていなかった。

「いいぞ!どんどん撃ち続けろ!」

 成仁は興奮した口調で無線機に向かって叫んだ。



 待ち伏せして敵を包囲しようとしたところを側面から襲撃されたイラク軍は混乱状態に陥った。組織的な抵抗はまったく行なわれず、各戦車がバラバラに動いていた。だが、中には日本の戦車隊に反撃を試みるものもあった。

 何輌かのT-72戦車が斜面を駆け下りてくる四四式戦車に砲門を向けた。

「こちらを狙う戦車がいるぞ!」

 成仁はキューポラを覗いて周辺を監視していると、暗闇の中でこちらに主砲を向けるT-72の姿を認めた。

「10時方向だ!」

 成仁の怒鳴り声を聞いた大滝曹長はすぐさま主砲を旋回させた。すぐに砲手用サイトがこちらを狙うT-72の姿を捉えた。その時、その砲門が光った。

「撃ちやがった!」

 大滝の叫び声に続いて戦車の車体が揺れた。敵弾が命中したのか?戦車は相変わらず斜面を下っていたが、その考えが成仁の頭を過ぎった。それを遮ったのは大滝の声だった。

「火器管制装置、損傷なし。目標に照準」

 それに対して成仁は反射的に命令を下した。

「撃て!」

 成仁の命令が実際に実行されるまでの間にはわずかな間隔が開いた。大滝は走行する中で刻々と変化するレーザー測距装置が示す目標との距離から主砲の仰角を調整しつつ、砲口を常に目標へと向け続けていた。そして発射ボタンを押した。一撃で相手のT-72は吹き飛んだ。

 相手が吹き飛ぶのを砲手用サイトと連動した映像装置で確認した成仁は車内通信網の発信ボタンを押した。

「損傷は無いか?」

<砲手、損傷なし>

<操縦手、何の問題もありません>

 どうやらさきほどの衝撃は至近弾で命中してはいなかったようだった。

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