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1.配属

1990年10月末 北海道矢臼別練兵場

 北海道は日本陸軍が最前線と捉えていた地域で、戦車第一師団をはじめとする精鋭部隊がこの地に配属されていた。デタントを進めた改革派書記長が失脚して再び米ソ対立が深刻する世界情勢を背景に、北海道防衛を任された北部軍の将兵達の緊張は俄然高まっていた。



 戦車第一師団に属する戦車第一連隊は4個の戦車中隊と58輌の四四式戦車から成る。四四式戦車は6年前に正式採用されたばかりの最新鋭戦車である。主砲はドイツが開発した強力な120ミリ滑腔砲を備え、装甲には成形炸薬弾の爆発に耐えられる中空装甲を採用し、高出力のディーゼルエンジンによる最大70キロで装甲可能な高機動力を有する。この精鋭戦車が帝國陸軍には1990年8月の時点で450輌程度配備され、現在も調達が続いている。配備先も当然ながら日本の最前線たる北海道に集中している。

 その第二中隊は今、小さな丘の影に隠れて“敵”の待つ地域に向けての進撃の準備をしていた。中隊長は戦車から離れて丘の稜線上に伏せて敵情を探っている。双眼鏡を手に行くてに広がる森林を眺めた。

「見つけた。やはり“敵”が待ち伏せしている」

 中隊長は隣に伏せている副官に指摘した。

「上手く隠しているつもりだが、よく見れば分かる。さて、問題はどう突破するかだね」

 2人はすぐに中隊が待機する場所まで向かった。

 中隊長は中隊を構成する3個小隊の指揮官を集めて、偵察の結果を報告した。それから自ら考案した作戦を提案してみせた。簡単な作戦なので打ち合わせがすぐに終わり、小隊長たちは散っていった。



 森林に潜むのは“敵”の戦車隊。壕を掘って車体を隠して砲塔のみを晒していた。指揮官は教科書通りに敵が通ることが予想される道の脇に隠れて待ち伏せをした。彼はその教科書は敵も読んでいるということを忘れるというミスを犯していたが、気づいてはいなかった。

 勝負は瞬時に決した。裏からまわりこんできた戦車第一連隊の四四式戦車小隊4輌に背後から襲撃されて指揮官は“戦死”し、混乱が生じたところへ反対方向から中隊長の指揮する四四式戦車中隊主力が殴りこんできた。

「それまで!」

 審判役の将校が旗を振っている。審判役は相対する2つの戦車部隊―どちらも四四式を装備している―の間に入ると、戦車を一輌一輌指さして指示を出した。

「五連隊側、撃破6輌、大破4輌。一連隊側、撃破1輌、大破2輌」

 審判役は一方的に損害を割り振ると、そのまま立ち去った。撃破車はその場に残り、大破車は後方拠点に戻り、残った戦車は次なる戦いに向けて動き出した。

 その時、各戦車の無線機から指揮官の声が聞こえてきた。

<全車、訓練中止!訓練中止!ただちに集結せよ!>



 練兵場の管理棟の前に演習を中断して戻ってきた2個戦車連隊が集結していた。中隊長以上の士官が召集され、残りの乗員は整備をしつつ時間を潰して演習中断の理由をあれこれ考えた。しかし、それを中東で起きている危機に結びつける者は少なかった。彼らにとって湾岸危機は遠い国の出来事に過ぎなかった。

 管理棟に集められた中隊長の中に、さきほど“敵”に強烈な奇襲攻撃を喰らわせたあの中隊長が居た。

「あの判定は絶対に間違っているよ。四四式の射撃能力なら敵戦車隊にもっと多くの損害を与えている筈だ」

 第二中隊長は判定に不服のようであった。現状、演習で実弾を使って撃ちあうわけにもいかないので、結果は過去の統計的データをもとに審判役の判断で決定され、撃破されたか否かも無作為に割り当てられるシステムになっている。その為に、現場の将兵は演習に現実感をまったく感じられなかった。第2陸軍技術研究所が弾丸の代わりにレーザーを撃って戦場を再現するシステムを開発しているが、それが彼らの手元に届くのはまだまだ先のことであった。

「仕方ないだろう。使えるデータは過去のものしかないんだから。新兵器の実力を知るには結局は実戦を積むしかないんだ。だろ?成仁?」

 愚痴を聞かされている同僚はそう言った成仁なる中隊長を宥めた。

「それにだ。宮様軍人なら宮様軍人らしく、もっとどしっとしてないとな。それじゃあ閑院宮の名が泣くぜ」

 閑院宮成仁。彼は天皇家から分かれた宮家に籍を置く皇族の1人であった。

「しかしだなぁ」

 まだまだ言い足りなさそうな成仁に対して同僚、津田隆男大尉は話題を変えようと試みた。

「しかし、この召集はなにが理由なんだろうな?」

「思いつくのは湾岸くらいだ」

 成仁は今朝の朝刊に“政府、サウジアラビアへの派兵を検討”という記事があったのを思い出した。

「俺たちが中東の砂漠へか?」

「他になにがある?」

 成仁の言うとおりだったが、しかし遠い中東の戦争などまるで現実感のないことであった。

 そうこうしている間に中隊長以上の将校の集合場所として指定された会議室に到着した。普段、会議室に置かれている長机はどこかへ運び出されていて、代わりにパイプ椅子が20脚ほど並んでいた。既に召集対象の将校の半分近くが集まっていた。中には連隊長や連隊参謀の姿が見える。彼らも事情を知らないようであった。

 全員が集まって全員が椅子に腰を下ろすと、将官が入ってきた。将校たちは一斉に起立して敬礼で迎えた。将官は将校たちの前に立つと答礼をして、それから将校たちに座るように促した。それから早速、切り出した。

「諸君らの訓練を中断したのは小官の命によるものである。小官は君らに中央からの命令を伝えてにきた。諸君ら戦車第一連隊並びに第五連隊は、戦車第七連隊とともに戦車第一師団から離れて近衛師団に配属される。これは中東事変への介入のための措置である」

 将官の言葉に将校たちの間でどよめきが起こった。

「諸君らも知っていると思うが、我が帝國はイラクによるクウェート併合に反対の意思を示し、その侵略行動に対して断固たる対応を執ることを表明した。そのため、先月の空挺部隊派遣に加えて機甲部隊並びに空海軍部隊が増強されることになった。

 派遣部隊には近衛師団が指定されたが、イラク軍はソ連製T-72戦車を装備し、近衛師団の主力である三四式では対抗し切れない可能性がある。そこで対戦車火力増強のために近衛師団の三四式戦車装備部隊を全て四四式装備部隊と入れ替える。諸君らはその為に選ばれたのである」

 それから将官は幾つかの伝達事項を話していたが、その場にいた多くの者にはほとんど聞こえていなかった。実戦になるかもしれない。その事実に対する緊張と不安、そして栄誉への憧れが入り混じった複雑な想いがそれぞれの胸の中に生まれていたのだ。

 将官の話が終わり解散となった。しかし成仁だけ居残りが命じられた。そして告げられたのは信じられない言葉であった。

「戦車学校教導隊とはどういうことでありますか!」

 成仁は声を荒げた。彼は千葉にある陸軍戦車兵のメッカ、戦車学校への転属が命じられたのだ。

「あちらの指示だ」

 将官は会議室のドアを指した。そこには少将の階級章をつけた男が立っていた。

幸村(さちむら)侍従武官殿!」

 侍従武官とは大日本帝國軍の最高司令官たる天皇陛下に付き従いて軍事問題について補佐を行なう軍人を言う。

 幸村は成仁の前に立つと、生徒を戒める教師のような口調で語り始めた。

「君も分かっているだろう。前の大戦で皇族軍人がどのように処遇されたかを。今次事変においても同様だよ」

 宮様軍人は基本的にお飾りの存在であり、前線で戦うことはほとんどない。ただ例外もある。

「しかし、臣民の先頭に立ち規範を示すのが皇室の務めではないのですか?現に曾祖父様は日清、日露と従軍し勲功を上げたではありませんか!」

「それはあくまで過去のことです。もし皇室から戦死者を出せば軍の士気は、世論は、一体どうなるか想像がつくでしょう」

 成仁は心中で“陸軍上層部の首が何人か飛ぶことになるでしょうね”と叫んだが、口にはださなかった。

「分かりました。どうしてもとおっしゃるのなら、私にも考えがあります」

 三四式戦車は史実の74式に相当する戦車です。ただこちらの世界では、その前に二八式戦車という戦車が存在して、それに油圧サスペンションによる姿勢制御機構や新型の射撃統制装置を搭載して74式相当に改良したものと設定しています。

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