17.陣地攻撃作戦
いよいよ攻撃が始まった。第一撃を行なったのは砲兵大隊であった。18門の三一式155ミリ自走砲が一斉に砲撃を開始する。それがイラク軍の陣地で連続して炸裂した。砂が舞い上がり、陣地を覆い隠してしまった。
砂煙にイラク軍の視界が塞がれている間にサムライ旅団が前進を開始する。戦車第一連隊が先頭を進み、その後ろに戦闘工兵部隊を従えた近衛歩兵大隊が続く。砲兵大隊の突撃準備射撃が終わる頃にはすっかり突撃の配置についていた。
「撃ち方始め!」
砲塔内からキューポラを通じて目標の様子を監視する成仁は砂煙が収まると同時に命じた。既に事前の偵察で戦車を埋めて構築したトーチカの位置を確認しており、部下に目標を割り振っていた。
煙が晴れるとともに120ミリ砲弾が埋められた戦車の砲塔に飛び込んでいく。命中すると内部の弾薬に誘爆し、次々と砲塔が吹き飛んでいく。四四式戦車は次々と反撃の暇を与えることなくトーチカを破壊していった。
攻撃目標となる三角陣地の一角を守るトーチカを無力化すると、戦車連隊は2個中隊ずつ二手に分かれた。歩兵大隊が無力化した一角へと攻め込む間、残りの2つの頂点を守る陣地が阻止攻撃を仕掛けてこないようにするのだ。
二つに分かれた戦車連隊の間から歩兵大隊が前進してきた。先頭を行くのは配属された工兵部隊で、4輌の三二式装甲作業機に搭乗していた。装甲作業機は帝國陸軍における戦闘工兵車輌のことで、三二式は二八式戦車の車体を改造したものだ。105ミリ砲の代わりに陣地破壊のためにイギリス製の短砲身165ミリ榴弾砲を搭載し、砲塔にはさらにクレーンが取り付けられている。さらに車体全部には各種装備を取り付け可能なアタッチメントが装備されていて、突撃部隊の車輌のうち2輌には地雷除去ローラー、2輌にはブルドーザーのような排土板が装着されていた。
地雷除去ローラーを装着した2輌が進路を切り開くために先頭を進んだ。砲塔には地雷爆破用の爆薬付ロケットの発射機が装着されている。まず、それを発射して進路上の地雷を爆破するのだ。案の定、イラク軍は三角陣地の周りに地雷原を設けていて、除去用爆薬の炸裂とともに地雷が次々と誘爆していく。
そして地雷除去ローラーを地面に押し込んだまま前進し、最後の仕上げにかかった。爆薬が処理し損ねた地雷をローラーが耕して破壊する。165ミリ砲の発砲でイラク軍の陣地を牽制しつつ、小火器の銃撃を受けながら陣地の直前まで安全地帯を構築すると、地雷除去ローラーを装着した装甲作業機は後退した。
代わって前に出てきたのは排土板を装着した2輌である。土を押し込みながらイラク軍が抵抗する塹壕へと向かっていく。それで抵抗する塹壕を埋め、さらに土壁には165ミリ榴弾砲を撃ち込んで崩していく。
その間に歩兵を乗せた二六式装甲兵車改が前進してきた。砲塔に備えられた20ミリ機関砲を乱射しつつ、後部の乗車口を開き歩兵隊を送り出す。そして装甲作業機が切り開いた進撃路を通ってイラク軍の陣地に飛び込んだ。
歩兵部隊が陣地に突入している頃、戦車連隊は2つに分かれて三角陣地の残り2つの頂点に設けられた陣地に陣取る戦車トーチカと撃ちあっていた。
戦車隊はジグザグに移動してトーチカの戦車兵を惑わしつつ距離を詰め、射撃を繰り返していた。精密な射撃により既にトーチカの過半数を破壊していた。
「必要以上に近づくなよ!」
成仁は射撃を続ける中隊の後ろに愛車を置き、攻撃には参加せず中隊の攻撃を見守っていた。戦車連隊の任務は残りのトーチカの注意を惹いて、攻撃を仕掛けている歩兵隊を攻撃から守ることである。無理に撃破する必要は無い。だが、士気の高い将兵というものは敵を目の前にすれば、果敢に攻撃を仕掛けてしまうものだ。そして無理をしてしまう。
<三上がやられた!>
突然、無線機に叫び声が入ってきた。成仁はすぐに発信ボタンを押した。
「落ち着け!詳細を説明するんだ!」
すぐに返信がきた。なんとか冷静に説明をしようとしているが、声の調子は落ち着いていなかった。
<ヒナギク6-0、こちらヒナギク3-1。ヒナギク3-3が被弾!>
どうやら第三小隊の3番車に敵の砲撃が直撃したようだ。
「ヒナギク3-1、こちらヒナギク6-0。落ち着くんだ。まずは乗員の安否を確認するんだ。無線で呼びかけ続けろ」
<ヒナギク6-0、こちらヒナギク3-1。了解しました>
「ヒナギク3-1、こちらヒナギク6-0。そちらに行く。交信終わり」
<ヒナギク6-0、こちらヒナギク3-1。交信終わり>
無線のやり取りが終わると成仁は神谷操縦手に移動を命じた。目的地は中隊の右側で戦う第三小隊である。現場に行ってみると、被弾したらしい3号車が小隊の他の戦車に援護されて後退していた。どうやら自走はできるようだ。
成仁は再び無線の発信ボタンを押して3号車に呼びかけたが応答がない。しかし3号車は後退を続け、近くの砂丘の背後に隠れて三角陣地の射界から出た。成仁は第三小隊指揮官に戦闘の継続を命じると、中隊長車を被弾した戦車の横に停めた。
ハッチを開けて成仁が外に出ると、被弾した戦車からも乗員が出てきた。見たところ目立つ傷はない。
「大丈夫か?」
戦車長の三上曹長に呼びかけるが、三上は自分の耳を指差して首を振った。
「すみません。なにを言っているのか分かりません。耳がやられました」
それから三上は一方的に状況を語り始めた。砲塔正面に100ミリ戦車砲の直撃を受けたようで、乗員は着弾の衝撃で耳を痛めて混乱はしていたものの命にかかわる傷は負わなかった。内地から取り寄せた複合装甲は十分な効果を発揮したようだ。敵の弾が命中した砲塔正面には傷ができていたが、致命的なものではなかった。成仁は念のために戦車を整備部隊に預けて装甲を交換することにした。中隊は1輌失ったことになるが、すぐに復帰できる筈である。
成仁が3号車の乗員の無事を無線で伝えると、上月が「陣地を攻略した」と返答してきた。成仁が被弾戦車の後処理をしている間に近衛歩兵大隊が陣地を攻略してしまったようだ。
この戦闘で歩兵大隊から3人の戦死者を出したが、戦車連隊からは三上車が被弾した以外に目ぼしい損害は無かった。機関砲の直撃を受けた戦車もあったが損傷は無視できる程度のものである。この戦闘は戦車連隊の面々に四四式戦車の能力について不安を払拭して自信を抱かせることになった。
一方のイラク軍は百人以上の戦死者を出してから降伏した。日本軍を最も悩ませたのは彼らの激しい抵抗ではなく、降伏した捕虜の後送に伴う処置であった。