16.サダムラインを突破せよ
2月24日 正午すぎ
サムライ旅団の司令部には続々と前線の情報が送られてきた。連隊長の姶良中佐はそれらの情報を集めて戦況を分析していた。
「友軍部隊は最初の防御線を突破し、第二防御線の前に配置されたイラク軍部隊との戦闘に突入したようです」
連隊の首席参謀が地図の上に並べられた駒を指しながら説明した。
「となれば我々もそろそろ呼ばれる頃か…」
そして、姶良の読みはすぐに当たった。連隊本部の通信機に旅団本部からの指令が届いたのだ。旅団はいよいよサダムラインを突破する。そして旅団の先鋒を務めるのが戦車第一連隊である。
姶良は連隊長用の四四式戦車に乗り込むと、連隊無線の発信ボタンを押した。
「ヤマザクラより各中隊長へ。応答せよ」
成仁はその無線を自分の戦車の中で聞いていた。
「ヤマザクラ、こちらヒナギク。どうぞ」
他の中隊長も次々と連隊長に返信をした。点呼が終わると、姶良中佐は命令を伝えた。
<これより我が連隊は海兵隊の開設したルートを通り、サダムラインを突破する。先頭はヒナギクだ>
つまり成仁率いる第2中隊が指名されたということだ。
「ヤマザクラ、こちらヒナギク。了解」
<交信終わり>
通信が終わったらいよいよ行動開始である。突破の際のフォーメーションは既に決まっている。先頭は第2小隊。酒巻操縦手がいよいよ訓練の成果を発揮する時である。
サムライ旅団の部隊は旅団捜索隊を先頭にして、その後に戦車第一連隊、近衛歩兵第二連隊第一大隊、戦車第三連隊、近衛歩兵第三連隊第二大隊の順で進んだ。この4個大隊及び大隊規模部隊―帝國陸軍戦車隊はイギリスに倣い大隊規模でも連隊を名乗る―がサムライ旅団の基幹部隊である。その後ろには配属された様々な支援部隊が続く。砲兵大隊に関しては引き続きサダムラインの前にある陣地を転々としながら支援射撃を続ける。
どの戦車や装甲車にもGPSと地図が載せられ、道路の分岐点にはアメリカ軍のMPが配置されていて部隊を誘導しているので、道のない戦場に達するまでは道に迷う心配はない。そして開戦前のイラク軍と多国籍軍の中間地帯に入り、将兵達の緊張感が否応なく高まる。やがて視界の中にイラク軍の防御陣地が入った。
「ヒナギク6-0より全車へ、警戒を厳となせ」
第2小隊の背後を進んでいた成仁が中隊無線を通じて命じた。これから友軍に制圧されたとはいえ敵の勢力圏だった場所を進むのだ。どこに危険が潜んでいるかは分からない。
<ヒナギク2-1、こちら2-2。進撃路を示す標識を発見!進みます>
中隊の先頭を進む酒巻操縦手の操る第二小隊2号車が道を見つけたようだ。ハッチから上半身を出していた成仁が双眼鏡を構えて第二小隊2号車の向かう先を見た。確かにアメリカ海兵隊の工兵が中隊を並べられた2本の標識の間へと誘導している。
<ヒナギク2-2、こちら2-1。進め!>
砂煙をあげながら四四式戦車の縦隊がサダムラインに開けられた一筋のルートを目指して進んでいく。
まず第二小隊が地雷原の中に飛び込んだ。酒巻操縦手は訓練の成果を遺憾なく発揮し、地雷が処理済の細いルートから外れずに前進している。小隊の残りの戦車も追随する。それから成仁の中隊長車、上月の中隊副長車が続く。
「順調のようだな」
ハッチから上半身を出して成り行きを見守っている成仁は中隊が無事に前進しているのを見て安堵した。だが、次に目にしたものを前に再び表情を硬くした。
道の脇に1輌の戦車が停まっていた。海兵隊のM60戦車だ。ハッチが開いていて、砲身が力なく下を向いている様子を見ると無人なようで敵を警戒しているわけではなさそうだ。そしてハッチの周りが黒く焦げていた。
「車長、これって…」
成仁の隣の砲手用ハッチから頭を出した大滝曹長が尋ねた。
「地雷にやられたみたいだな」
一歩間違えれば日本の戦車兵達もあのM60と同じ運命を辿る。それを目の当たりにして戦車兵達の緊張感が高まった。
成仁の中隊は地雷を踏むことなくサダムラインの第一防衛ラインを突破した。それに連隊の主力が続く。それから旅団主力。
一時間ほどかかってサムライ旅団は最初の防衛線を突破した。旅団の集結を終えると海兵師団司令部から命令が伝えられた。それはサダムラインの二重の防御ラインの間で抵抗を続けるイラク軍の掃討であった。早速、戦車第一連隊と近衛歩兵第二連隊第一大隊に命令が下った。早速、旅団捜索隊を先頭に2つの部隊はイラク軍を求めて進撃を始めた。一番後ろには配属された戦闘工兵部隊の装甲車両が続く。
戦車第一連隊は縦隊になって砂漠を進んだ。先頭は連隊本部で、その後に第一中隊が続く。その次が成仁の第二中隊で、中隊の陣形はサダムライン突破時と同じだ。成仁は第二小隊の後に続いて、戦車のハッチから上半身を出した状態で戦車に乗り進撃していた。すると前方から爆発音が轟き、続いて連隊本部から停車命令が出た。それからすぐに中隊長に集まるように指示が入った。
中隊に円陣防御の陣形をとらせると、成仁と上月副隊長は中隊本部に割り当てられた二六式装甲兵車に乗り換えて、連隊本部へと向かった。
連隊本部には既に他の中隊長が集まっていた。それに見ない顔も。近衛歩兵第二連隊第一大隊の大隊長と配下の中隊長達だ。全員が集まると、先任の指揮官である戦車連隊長の姶良中佐が説明を始めた。
「8キロ先で旅団捜索隊の装甲車隊がイラク軍陣地と接触し、戦闘になり、装甲車1輌が撃破された。乗員は全員戦死だ」
その報せに将校達の間で動揺が広がった。遂に日本陸軍将兵から犠牲者が出たのだ。
「だが、相手は分かった。イラク軍の陣地は三角形で、頂点に戦車隊が車体を砂漠の中に埋めた状態でトーチカとして配備されている。戦車隊同士は相互支援できるようになっていて、防御は全周に及んでいる」
姶良の報告に1人の戦車中隊長が意見を述べた。
「つまり力技しかないと?」
「その通りだ。迂回も伏撃もできない。火力で圧倒するしかない。現在、旅団の砲兵隊と火力支援について調整中だ。終わり次第、攻撃に移る」
旅団の砲兵隊とはサムライ旅団に配置された近衛砲兵連隊第一大隊のことである。
「攻撃を1つの頂点に集中する。戦車連隊の全力をもって三角陣地の一角を崩す」
姶良に続いた近衛歩兵大隊の指揮官が説明の言葉を口にした。
「一角を崩したら、戦車連隊は二手に別れ、残り2つの頂点にある戦車隊を制圧する。その間に我々が陣地に取り付く。きわめて簡単な作戦だ。工兵隊は私の指揮下に入る」
そして最後は姶良中佐が締めた。
「武運長久を祈る」