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14.攻勢の前に

2月9日 サウジアラビア演習場

 カフジの戦いから1週間以上が経った。初めての戦い、初めての勝利を経験してサムライ旅団の将兵達の士気も大いに上がっていた。そして将兵達は新たな作戦が近づいていることを肌で感じ始めていた。このところアメリカ海兵隊との共同演習が増え、訓練も実戦的なものが繰り返されていた。そして指揮官達がよく召集され、アメリカ軍とともに会議を幾度も開いていた。クウェート奪還作戦が発動される日は近い。誰も口にはしなかったが、それを感じ喜んでいた。自分の腕を試す機会が再びくると考えたからだ。

 そして、もう1つ将兵達を喜ばせることがあった。遅れていた砂漠用の迷彩服がようやく到着したのだ。これで外では目立って仕方が無い森林用迷彩服とはおさらばできる。

 こうした事情もあって将兵達は訓練に真剣に熱意を持って望み、元々高かった錬度は最高水準に達していた。



 今日は再びイラク軍の塹壕陣地を突破する訓練を行っていた。成仁は自車の車長用キューポラから上半身を出し、陣地の模型の中を進む1輌の戦車の動きを見守っていた。かつての訓練で位置を見失い安全地帯を外れてしまった酒巻二等兵の操縦する戦車だ。

「頑張っているみたいですね。だいぶ良くなっているじゃないですか」

 砲手用ハッチから成仁と同じく上半身を出している大滝曹長が酒巻車の動きをそう評した。今回、彼の戦車は方向を見失うことなく安全地帯を順調に進んでいる。なんの躊躇いも迷いも見られない。

「私の見立てでは中隊の技量は最高度まで上がっているように思います」

 大滝曹長が自分の部下達をここまで高く評価することは滅多に無いが、成仁もそれに賛同していた。

「これ以上、訓練を繰り返すとかえって技量が落ちますよ」

 右腕である砲手の指摘に成仁は頷いた。

「作戦も近いことだし、休暇を与えるか」

 今度は成仁の提案に大滝が頷いた。幸い暫くはアメリカとの共同訓練はない。



 訓練が終わり将兵が集まると、成仁は中隊全員に3日間の休暇が与えることを発表した。全員が大喜びだ。女も酒もご法度で、暇をもてあました兵士がやれることが少ない国ではあるが、それでも休暇はうれしかった。それから中隊を解散させた。

 解散した将兵の中から成仁は1人の若者を呼び止めた。酒巻二等兵だ。

「かなり上達したな。見違えたぞ」

 上官、それも宮様軍人に褒められて嬉しくない筈が無い。

「ありがとうございます」

 頬を赤く染めて頭を下げる酒巻二等兵に、成仁の表情も自然と緩んだ。部下の成長は指揮官にとっても嬉しいことだ。

 だが、酒巻が頭を上げて言った言葉が成仁の顔をまた厳しくさせた。

「攻勢が近いんですよね」

「だろうな」

 成仁は自分より10歳以上も若い二等兵の顔を見つめた。彼は成仁の指揮下で戦場を駆けて敵と命がけで戦うことになる。カフジの戦いの時には一方的な勝利を得ることができたが、次もそうだとは限らない。彼ももしかしたら死ぬことになるかもしれない、成仁の命令に従うことで。

 そこまで考えたとき、成仁は戦争に参加できるように直談判に行ったときに父から聞いた言葉を思い出した。“部下を死なせる覚悟”、それがこの若い兵士を前にようやく実感できたような気がした。

「休暇はどうするんだ?」

 成仁は空気を変えようと新たな話題をふった。

「そうですね。やる事ないですし、映画でも見に行こうと思います。中隊長殿は?」

「久々に家に電話でもかけようと思う。呼び止めてすまない。ありがとう」

 それぞれの目的地に向けて再び歩みだした2人。成仁はふと立ち止まって振り向き、こちらに背中を向けている酒巻に声をかけた。

「悔いの無いように楽しんでおけよ」

 しばし時間を置いて成仁は続けた。

「暫くは休み無しになるだろうからな」



 旅団の駐屯地には国際電話の回線が引かれ、内地の家族と電話ができるようになっていた。しかし数千人の将兵に対して電話機の数はわずかで、自由時間にはいつも長蛇の列ができていて、電話も一回15分以内というのが暗黙の了解になっていた。当然ながら階級を問わずだ。

 成仁もその列に並び、辛抱強く電話の前に達するのを待った。ようやく電話の前に立つことができると、受話器を手に取り、北海道の自宅の電話番号を押した。しばらくすると妻が電話に出た。

「そっちはもう夕方か。こっちは昼間だ。暑くてしかたがないよ」

 長いこと離れていたこともあり、話は膨らんでいく。あっという間に時間は過ぎていった。

「それでな…」

 成仁が部隊の近況を伝えていると、背中を後ろから突かれた。振り返ると年配の下士官が手にはめた腕時計を突いていた。

「すまない。時間が来た。またかけるよ」

 受話器を戻して電話機を離れると、後ろの下士官がすぐに電話に飛びついた。

 その時、部屋の屋上に備えつけられたスピーカーから女性の声が流れていた。

<中隊長以上の全指揮官はただちに会議室に集まっていください>


 

 駐屯地内の会議室に将校達が集まった。誰もが緊張した面持ちだ。そこへ旅団の指揮官が入室してきた。彼も彼を待っていた将校達と同じように緊張しきっていたが、それをうまく隠していた。

「第2海兵師団司令部を通じて新たな作戦計画が伝達された」

 旅団長は将校達の前に立つとそう切り出した。

「多国籍軍はクウェート奪還のための攻勢作戦を21日から24日までのいずれかの日に発動する」

 攻勢作戦の発動は誰もが予想していたことだが、それでも多くの将校がその宣告に強い衝撃を受けていた。成仁も押し寄せる期待と不安に押しつぶされそうになっていた。発表した旅団長自身も緊張を隠せなくなっていた。

「作戦名は“砂漠の剣(デザート・セイバー)”だ」

 次回よりいよいよデザート・セイバー作戦です。まぁ、これはアメリカ陸軍の作戦名なので海兵隊に配属されたサムライ旅団がそれを通知されるってのもおかしいのですが。

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