12.カフジ奪還
国境線上空
1機の大型機が上空を旋回していた。その外見はアメリカ製の傑作輸送機C-130はーキュリーズのように見えたが、機体の胴体から輸送機に似合わない砲身がいくつも飛び出ていた。20ミリバルカン砲2門に40ミリ機関砲2門、そして本来は航空機に搭載されるべき装備ではない105ミリ榴弾砲。アメリカ空軍特殊部隊の誇る攻撃機AC-130Hスペクターはまさに空飛ぶ要塞だった。
朝日を浴びながらAC-130Hスペクター、“スプリット03”はカフジへの増援部隊を支援しているイラク軍のロケット砲部隊に攻撃を加えていた。AC-130の強烈な火力の前にイラク軍の装備はことごとく破壊され、地上の兵士は地獄絵図の中にあった。
だが機体を隠す闇夜が朝日によって奪われたことでAC-130もまた絶対的な優位を失っていた。
<スプリット03、こちらイーグルアイ301。もうタイムアウトだ!退避しろ!>
上空のE-3セントリー早期警戒管制機も警告を送るが、AC-130のクルーは立ち去るつもりはなかった。
「イーグルアイ301、こちらスプリット03。もう少しで奴らを全滅させられるんだ!奴らを全滅させたら退避する!」
SA-7携帯対空ミサイルを背中にのせて運ぶイラク軍兵士の一団が空を見上げていた。何人かの兵士がミサイルの発射筒を構えて、赤外線シーカーを空中のAC-130に向けた。レーダーを持たない彼らは目標を攻撃するのに目視で目標を捉えてミサイルの赤外線シーカーを向けなくてはいけない。闇夜に阻まれてそれができなかったが、朝日がそれを可能にした。シーカーが目標を捉え、電子音がそれを知らせる。
数発のミサイルが空中に放たれ、上空で旋回しながらロケット砲部隊を攻撃するAC-130に向かって飛んで行った。目指すのは巨大な熱源、AC-130を空中に持ち上げている4つのターボプロップエンジンである。1発のミサイルが1基のエンジンに突っ込み、次の瞬間にエンジンは粉々に吹き飛んだ。
突然の衝撃にAC-130はバランスを失い、そのまま態勢を整える暇もなくペルシャ湾の海面に激突した。主翼が折れ曲がり、機体はバラバラになって破片が海面に浮いている。乗員に生存者はいなかった。
サムライ旅団陣地前
イラク軍がカフジに増援を送るべく再び越境してきた。サムライ旅団も陣地より出て攻めてくるイラク軍に対して積極的に戦闘を挑んでいた。砂地を四四式戦車の群れが進み、反対方向からT-55を装備するイラク軍戦車隊が攻めてくる。
成仁は各小隊に担当の区域を割り振って指揮を小隊長達に任せ、副中隊長車とともに戦線の最右翼について中隊主力の射撃から逃れた戦車の処理に注力することにして、前進しながら目標を探していた。
「見つけたぞ!2時方向にT-55!」
潜望鏡に似た仕組みのキューポラを通じて新たな目標を見つけた成仁はそれをすぐに砲手に伝えた。ベテラン砲手の大滝曹長はすぐに砲塔を旋回させて目標を探した。
「捉えた!距離2500!」
「砲手、射撃用意!弾種、徹甲弾!操縦手、そのまま前進!」
「装填!」
大滝の掛け声とともに砲塔後部の弾薬庫から120ミリAPFSDS弾が自動的に押し出されて、主砲に装填される。四四式戦車の最大の特徴である自動装填装置である。この装置のおかげで走行中でも安全に素早く砲弾を装填することが可能になった。
しかし、現在のFCS、つまりレーザー測距装置とアナログコンピューターの組み合わせでは移動中の目標に走行しながら砲弾を命中させることは難しく、砲手の腕次第だ。現在、本国で開発が進められる新型砲塔ではFCSがデジタル化されて命中精度は大きく向上し、自動追尾機能などの新機能も盛り込まれると言われているが、それはまだ先の話である。今は大滝の腕に頼るしかない。
幸い大滝は熟練の砲手だった。一度の測距、それに勘と経験をもとに相手戦車の未来位置を素早く頭で計算して割り出し、そこに主砲を向けた。
「照準良し!」
「射撃!」
「てっぇー!」
敵のT-55は成仁車が放った主砲弾の着弾位置に居た。見事に命中である。
「敵戦車一輌撃破!」
成仁はそう宣言すると次の目標を探した。しかし、既に敵の姿は無かった。敵は撤退していた。成仁は中隊無線網の通話スイッチを押した。
「ヒナギク6-0から各小隊長車へ、状況を報告せよ」
<ヒナギク6-0、こちらヒナギク1-1。敵戦車5輌撃破>
<ヒナギク6-0、こちらヒナギク2-1。敵戦車3輌、敵装甲車4輌撃破>
<ヒナギク6-0、こちらヒナギク3-1。敵戦車4輌、装甲車1輌撃破。敵部隊が後退するのを確認>
<ヒナギク6-0、こちらヒナギク6-1。敵戦車1輌撃破。中隊長はどうです?>
最後の通信は中隊副長の上月中尉だ。
「ヒナギク6-1、こちらヒナギク6-0。敵戦車1輌撃破だ。お前達、よくやったぞ」
通信相手に上月を指名はしているが、中隊の全車が聞いているはずだ。戦車14輌に装甲車5輌。中隊はほぼ同規模の敵を撃破したことになる。
「全車へ。一旦、陣地に戻れ」
成仁は命令を出した後、ハッチを開けて砲塔から顔を出した。操縦手の神谷一等兵が既に成仁車を陣地に向けて動かしていた。成仁はカフジの街の方を見つめた。
「どうなってるんだろうなぁ」
カフジ
太陽が一番高く上った頃、カフジの街中の道で装甲車が炎上していた。サウジ軍第7機械化大隊のV-150装甲車だ。朝日が昇るのと同時に始まった奪還作戦は失敗に終わった。
しかし、多国籍軍側にも手ごたえがあった。友軍と孤立しているイラク軍の戦力は確実に落ちていた。
「次で落とすぞ」
東部統合軍司令官は決意を固めていた。
「第7機械化大隊を第8機械化大隊と後退させろ!再び総攻撃を仕掛ける!」
午後一時過ぎ、攻撃が再会された。V-150装甲車とM60戦車がカフジの街に突入していく。
しばらく進むと前方にイラク軍のT-55戦車が現れた。サウジ軍を発見したイラク戦車はすぐに主砲を発砲し、先頭を進んでいたV-150が吹き飛んだ。それと同時に道の両側の建物から銃撃がサウジ軍に叩きつけられる。
勿論、サウジ軍も黙ってはいない。M60戦車がT-55に撃ち返し、対戦車ミサイルがイラク軍の陣地に向けられる。
激しく撃ち合う両者であったが、次第にイラク軍の方は息切れをするようになった。イラク軍はサウジ軍から逃れようと後退し、その後をサウジ軍が追撃する。後には死体と燃える装甲車輌だけが残されていた。
夕方に近づくにつれて、サウジ軍は解放地区を次第に広げていった。そして日が沈んだ頃、多国籍軍はカフジの解放を宣言した。一方、イラクは自軍の勝利を主張したが、勝敗は誰の目にも明らかだった。
かくして今次の戦争におけるイラク軍の最後の攻勢が終わった。
次回より“砂漠の剣”作戦に向けて動き出します