11.カフジの戦い
と、言ってもカフジの戦いはほとんど描かれませんが…
カフジ外縁
30日夕方、サウジ軍の装甲車部隊が縦隊となってカフジに向かって行った。アメリカ製の四輪装甲車コマンドウの一個中隊で、これが奪還部隊の第一陣である。
しかし装甲車部隊が街の外縁に迫ると同時に、街を占領するイラク軍部隊が一斉に射撃を始めた。重装備とは言いがたいコマンドウは装輪部分に集中射撃を受けて、多くが擱座した。
「なんて様だ!」
街道で立ち往生し装甲車部隊は混乱の中にあった。
「戦車隊!援護射撃だ!」
増援として派遣されたM60戦車がイラク軍部隊に向けて射撃すると、イラク軍の攻撃が弱まり、その隙を突いて生き延びた装甲車が後退してゆく。
かくして多国籍軍の最初の反撃は頓挫した。
サウジアラビア・クウェート国境線近く サムライ旅団陣地
西に日が沈もうとしていた。
キブリトの危機は回避されたと考えた海兵師団司令部はサムライ旅団を国境線近くまで前進させた。戦車第一連隊は旅団偵察隊のすぐ後ろに配置され、イラク軍増援部隊の越境を警戒していた。今のところは静かだった。
そこへ南の連隊本部方面から一台のランクルがやってきた。車上には成仁の姿があり、中隊副長の上月が戦車を降りて出迎えた。
「それで本部の方はどうでしたか?良い知らせは?」
上月が尋ねると成仁は首を振った。
「状況に変化なし。サウジ国王が随分怒っているらしい」
この時、ファハド国王はカフジをアメリカ軍の爆撃で完全に更地にすることを主張していたとも言われている。
「それで真夜中に早速、次の奪還作戦を実行するつもりだ」
「ご苦労なこって」
「国境線の向こうも騒がしくなってる。イラク軍は増援をカフジに送るつもりだ」
「全力で阻止します」
「その調子だ」
2人はそれぞれの戦車に戻って行った。
夜も更けた頃だった。カフジではサウジ軍による奪還作戦が始まったらしく無線機は激しい戦いの様子を傍受していた。成仁がそれに聞き入っていると、連隊本部から通信が入った。
<前哨陣地が敵の戦車部隊を捉えた。確認次第、攻撃せよ>
「了解」
成仁はただちに中隊の全車に“敵接近”の報を伝え、それらしき物を捉え次第、指揮官である成仁に報告して指示を待つように命じた。すぐに報告がきた。
<ヒナギク6-0、こちらヒナギク1-3。イラク軍の戦車と思われる車列を確認。輪郭がぼやけていて詳細は不明>
第1小隊の三号車から報告だ。詳細不明なのは残念だが、今の暗視装置の性能ではどうしてもぼやけた映像になってしまうから致し方ない。
敵車列発見の報告は各車から続々と入ってきた。その度に敵の詳細が次第に明らかになる。目標は全部で11輌の戦車縦隊で、戦車はT-55だと思われる。そして車内通信網を通じて砲手の大滝曹長からも報告が入った。
<車長。本車の暗視装置も目標を捉えました>
目標はおそらくイラク軍だ。友軍戦車が近くにいるという報告もないから、ほぼ間違いないだろう。だが、もしかしたら実は味方の戦車かもしれない、という考えが成仁の頭の中に過ぎった。報告は全て“おそらくT-55だろう”というものばかりで、“T-55であることは確実である”というものは一度も無いのだ。
だが怖気づいているわけにはいかない。敵らしきものが接近しているのだから決断を下さなくてはならない。もし間違いがあれば、その責任は成仁が負うことになる。その為に彼は各自の判断で発砲することを禁じて、発見しても彼の指示を待つように命じたのだ。
「目標を撃破する。前3輌は第2小隊、真ん中4輌は第1小隊、後方4輌は第3小隊が担当。目標の割り振りは小隊長判断に任せる。攻撃のタイミングは自分が指示する」
<こちらヒナギク2-2、了解であります>
車内通信網を通じて酒巻二等兵は車長と小隊長の会話を聞いていた。彼の乗る第2小隊二号車にも目標が割り当てられた。陣地からの射撃なので操縦手である酒巻には今のところ出番はない。しかし、何時動かす必要が生じるか分からないので、いつでも動かせるように構えておく。不測の事態というのはいつでも起りえるものである。
彼はハッチから頭を出して敵が接近する方角に目を凝らしていたが、その姿は確認できなかった。操縦席に潜りハッチを閉めると、操縦手用の暗視装置を作動させた。砲塔の射撃統制装置と連動したパッシブ式赤外線暗視装置は高性能であり十分な視界を得ているのであろうが、操縦手用のそれは微光増量式の簡易的なもので視界はあまり鮮明ではなかった。しかし敵らしい戦車の影はなんとか捉えることが出来た。。
<装填、徹甲弾!>
<照準よし>
準備が確実に整えられていく。そして無線から中隊長の号令が聞こえた。
<撃ち方用意!撃て!>
次の瞬間、酒巻の視界は主砲発射の閃光により一瞬真っ白になった。用を成さなくなった暗視装置を外して外を眺めると、真っ暗な暗黒の海の中に島のように燃え上がる戦車の残骸がポツリと浮かんでいた。
<第二小隊、前進して目標を確認せよ>
成仁の命令を聞くと、酒巻は暗視装置を再び装着した。視界は回復していたが、炎上している戦車の周りは明るすぎるようで、真っ白になっている。すぐに車長から命令があった。
<小隊長車に続け。目標を確かめる>
小隊長の乗る一号車が動き出し、酒巻も自車を動かしてその後ろに続いた。4輌の四四式戦車は一列に並ぶと、速度を上げて炎上する戦車の群れに向かった。各戦車は砲塔をそれぞれ違う方向に向け、新たな敵の出現に備え警戒をしている。
燃える敵戦車のすぐ近くまで来ると、小隊長は小隊を二つに分けた。小隊長車と酒巻が乗る二号車は敵戦車の縦隊の右側、三号車と四号車は左側に分かれて、敵を挟み込むように停車した。4輌の戦車が周囲を警戒する中、小隊長と再先任の下士官―四号車の車長―が戦車を降りて撃破された敵戦車を検分する。
成仁は確認に向かった第2小隊が元の陣地に戻るのを見てようやく安堵した。小隊長の報告によれば撃破された戦車は間違いなくイラク軍のT-55で、生存者は居ないと言う。
すると地平線の向こうから爆音が轟き、いくつも閃光が確認された。増援のイラク軍部隊がアメリカ軍の爆撃を受けているらしい。地平線の向こうで瞬く雷のような閃光を見つめながら、成仁はあれが自分達に向けられたものでないことを感謝した。あの下ではどんな惨状が繰り広げられているのだろうか。
この夜、日本陸軍は湾岸戦争における最初の戦果をあげた。そして、この夜はさらなる敵が日本軍部隊の前に現れることはなかった。しかしカフジではイラク軍が激しく抵抗し、アラブ合同軍の攻撃を跳ね返していた。そして夜が明けた。