9.お泊まり
馬車は村に向かうと思っていたけど着いたのは夕陽に染まる湖畔のリゾートホテルだった。
「お、お泊まりって、ぼ、ボクまだ子供だよ!?」
「明日に備えて今日はゆっくりしよう」
焦るボクを部屋に連れてきたネオンはいつになく真剣な顔をしている。
本で読んだことはある。学校では周囲が黄色い声で盛り上がっていたから知識もある。
でも、これ見学ツアーに必要?
「明日は湖で釣りをします。ではお休みなさい」
「…はえ?」
ネオンはさっさと出て行った。湖面には白鳥がぷかぷかと浮いて夕食の獲物を見繕ろっている。
「はあああ………ボクは馬鹿か」
あり得ない世界で非日常を体験して非常識とも言えるネオンに翻弄されたボクの思考は知らず野生化していたようだ。
「とにかくお風呂だよ。日本人と言えば入浴!」
意味不明なことを声に出しギクシャクと風呂に向かう。アロマキャンドルを見つけリラックスしようと火を着け、ぼーっと湯が貯まるのを見つめた。
「もしかしてボクは楽しんでる?そりゃ、憧れとは違ったけど何故だかネオンと話すとそれでいいんだと思っちゃう…」
猫足の湯船に浸かりながらまた独り言。でもいつもと違って声に芯があるような気がする。
「生きてるってどういう状態なんだろう」
今までの価値観だと肉体の生死でしかないと疑わなかった。今は比べることができる新世界での生き方まで考えてしまっている。
「風呂上がりの牛乳…はないか」
代わりに備え付けのフルーツの籠盛りに手を伸ばした。
肉体喪失の恐怖は確かにあったけど記憶があることで不安は感じない。肉体に戻れる保証は正直疑わしい。私が意識の複製でオリジナルがもう家に帰っていてもここには世界がある。むしろボクと両親にとって最適解なのかもしれない。
「はあ、なんだかんだボクはユートピアを気に入ってるじゃないか」
ボクはベッドの上でひとしきりジタバタとして、思考の迷宮に潜り眠った。
---




