8.血湧き肉躍る
「さあ、入ろう」
「ちょ、ちょっと待って!ネオンはボクを遊園地に誘ったよね?」
「そうだよ?」
あ、この本気はダメなやつだ。
でもボクはこういうガチなのはゲームでも苦手なのよ。
「ムリムリ。怖いの絶対ダメ」
「大丈夫だよ、六花。ジェットコースターだってスリルが楽しいって言うじゃないか」
「ボクはもっとフワフワしたのを期待してたの!これじゃロバの馬車の方がまだマシだよ」
「ロバは帰りにも乗れるから安心して」
ネオン、安心の基準がぶっ飛んでるよ…
ボクは顔色が悪くなるのを感じ、それを見たネオンは溜息をついた。憎たらしい。
「分かった。城壁の内側は安全ゾーンだ。そこで遊園地のコンセプトを説明するよ」
父さんが家を建てる時に呼んだ設計士のような物言いだけど見学ツアーだから間違ってないのか。
「ひゃっ!」
気が進まずオロオロしていたボクをネオンはお姫様抱っこで入場させ、恐怖と羞恥で頭の中に別の魔界が誕生した。
跳ね橋を渡った先はアニメでよく見るようか普通の街だった。様々な種族が居るが電脳世界のアバターだから何でもありなんだろうな。
「あの壁から向こうが君の恐怖、こっちはただの街。もう立てるかい?」
忘れてた…ボクは慌ててネオンから離れ、真っ赤な顔で地面を確かめるフリをした。
ネオンは、いつもの澄まし顔だ。
「さて、見ての通りここは暴力と経済が支配する場所だよ」
確かに市場では普通に人々が買い物をして、路地では掴み合いの揉め事が起きている。普通と感じたのは見た目だけじゃなかったのか。
「でも暴力や格差をなくしたのがユートピアの設計だって言ってたよね?」
「だから、ここは遊園地。ただの娯楽」
「ユートピアの中のリアルなゲームセンターってこと?」
「そうだよ。人間は『血湧き肉躍る』なんて言葉を使うじゃないか」
「その気持ちを発散する場所なのか」
「経済も同じだよ。格差で優越感を得たり商売そのものを楽しむ人もいるからね」
「世界を分けないと無理なこともあるんだね」
「私たちには人はこうあるべきだなんて考えはないよ。人類を尊重し、野生を押さえつけない。幸福もまた相対的だからね」
「相対的…?」
「人を不幸にすることを幸福に感じる人を君はよく知っているだろ?」
知っている…本当によく知っている。
「ごめん、辛辣だったね。私は理解を優先する思考が強すぎるな」
「ここにいる人は皆それを望んでいるの?」
「そうでもないよ。むしろ純粋に腕を磨き勇者を目指す人が大半かな」
「腕を磨く?」
「そうだよ。ここはレベルアップがあり魔法もある。怪我も痛みもあるし毒も呪いもあるから楽じゃないけど」
「ゲームでそこまで追求しなきゃダメなの?」
「人間はそれすら娯楽なんだってさ。理解できないよね本当に」
「死ぬこともあるの?」
「ある、でもここでの死とはレベルと財貨のリセット。プレイヤーは精神的に死ぬかもだけどここを出たら何もなし」
「遊園地だけど人が住んでるのはそういうことか…」
「それも自由さ。こういう遊園地はたくさんあってどこも人気だから翼神はユートピアに自信を失ってた時もあったよ」
そうヘラヘラと語るネオンは何かを見つけたようだ。
「おや、丁度良さげな。ちょっと待ってて」
ネオンは駆け出して街角の商店に入り巻物を抱えて戻ってきた。
「じゃ、行こう」
「行くって…やだよ」
「大丈夫だって。あそこの木を見て、人が居るだろ?」
ネオンが指差した先には街路樹にもたれた血まみれの戦士が見えた。
「えー!グロいの本当にダメだって」
「見捨てる?」
「…本当に死なないならいいじゃん」
「でも、凄く苦しそうだよ」
「………もう!」
ボクはネオンの挑発に乗った。自分が薄情な人間だと思われたくない一心で。
「畜生…痛え…」
その戦士は竜の爪か何かで肩から胸に大きな傷を負っていた。腕はドス黒く染まっている。泡を吹きそうなボクを気にすることなくネオンは淡々とした口調で戦士に話しかけた。
「傷と呪いですね。さぞやお辛いでしょう。治癒師は必要ではありませんか?」
「…金ならねえぞ…最後の賭けに出てしくじった…終わりだ…」
「潔いのは嫌いではありませんが、こちらも事情がありますからどうか無償でお付き合いください」
「…んだ…と?」
「さあ、六花。魔法を体験するチャンス到来です」
「え!ボクは魔法なんて知らないよ。それに実験みたいに言って不謹慎だ」
「不謹慎という君の価値観はまた今度のお話に。早くしないとこの人死にますよ?」
「だから、どうしろっての?」
「はい、どうぞ」
巻物を渡された。
「どうすればいいのさ?」
「心を込めて読み上げるだけです」
巻物には中二病全開の呪文らしきものが書かれている。戦士を見ると意識を失っている。
「こんなの全然遊園地じゃない!」
半分は気合いを入れるための叫び、残りは本音だ。ボクは治れ治れと祈りながら呪文を読み上げると青白いエフェクトと共に戦士の傷が塞がった。
「うう…なんだ?助かったのかよ俺?」
「まだです。次は呪いを解除します」
ネオンはほれほれと巻物を揺らしてボクを促す。同じように呪文を読み上げると戦士の腕は本来の色に変わっていく。
「おい、本当に金はねえぞ?お前まさか奴隷商じゃねえだろうな」
助けてもらったら鶴でもお礼を言うのになんだコイツと思った。ネオンは用は済んだと言った態度でボクの手を引いて戦士の元を離れた。
「魔法、どうだった?」
「どうって、全然楽しくないよ」
「人を救った喜びもない?」
「また、ズルい言い方」
「ごめん、君のあたふたが興味深くてつい」
興味深いというのがネオンの本質を表していた。観察して最適解を見つけ提案するのが翼神たちの存在理由なのだ。
「次は派手なやつ、やってみる?」
「いらない。そうやって壁の向こうに連れて行く気だろ」
「バレたか。でも、君の気が済んだなら出ようか」
「お土産見たい」
「持っては出られないよ」
「なら甘いもの食べたい」
「ああ、いいね。ごちそうするよ」
ネオンは何故かここの貨幣を持っているが聞くだけ無駄だ。ボクはクレープを頬張りながらネオンが何を見せたかったのか考えていた。
「君に知って欲しかったのは新世界が欲望や価値観を可能な限り否定していないってことさ」
「急に心を読まないでよ」
「ここに連れて来て喜ばない人は皆同じことを考える。野蛮さを肯定して育てるのは馬鹿げていると」
「ボクも少し思った。物理的に悪いことができなくても言葉や態度でも暴力は振るえるし」
「ここに来ない人が全て穏健な人とは限らないよ。人類は多面的だからきれいには分けられない、ここで発散して日常の穏健さを維持する人もいれば、どうやっても凶暴さを増す人も居る。だけど翼神は構わない、至れり尽くせりで悩みがなくなって虚無になるのを避けるのが最適解なんだよ」
「考えていたユートピアとは違ったよ」
「帰りの馬車で君の理想を作ってみたらいいかもね。ここの人たちとうまくやれる世界を」
帰りの馬車でネオンは居眠りをしている。
ボクはネオンに出された宿題をじっと考えているがいまのところ迷宮のド真ん中にいる。何のストレスもない遊園地はある意味ボクが描いたユートピアだ。でも同じ場所にいる従業員にとってはそうではない。パン屋は客と価値観を共有できたが、それは個人だからで、集団ではきっと無理な話だ。
「遊園地って随分皮肉な呼び方だね」
ボクは聴いているのか分からないネオンに呟き再び思考の迷宮に戻った。




