6.労働の意味
ネオンが案内したパン屋は盛況だった。灼ける小麦の香り、デモンストレーションで生地を練り上げる職人のどれも食欲をそそる。
「ここへ連れてきたのは欲求を満たす本物の証明のため?」
ボクはどんどん流される不安を穿った物言いでどうにかしようと足掻いている最中だ。
「本当は違うけど、それも大事なことだね。でも、とりあえず座って」
ネオンは店の外のテラス席にボクを残し行列に並んでいる。特別な存在みたいな顔してたくせに大人しく列に並ぶネオンにどことなく親近感が湧いて思わずクスッと笑ってしまった。
「お待たせ。飲みものはカフェオレにしたけど良かったかな?」
カップにはラテアートが浮かんでいる。ネオンなりの心遣いなのか何か意味があるのか…
「あはは。深い意味探しちゃってる?六花は賢いけど直感で楽しむのは苦手だよね」
「違…違わないかも…」
「意味はないから考えなくていい。ごめんね、喜んでもらおうとしたけど失敗しちゃった」
「そんなことはない。素直にありがとうと言うべきだったかも…」
「真面目だなあ。私の心のHPは50万。六花じゃ絶対傷つけられないから気遣う必要なんてないよ」
「それじゃ自分が許せないよ」
「そうだ、人間はそういう生き物だよね」
「みんながそうじゃない。そうじゃないから…」
「六花ストップ。君の信念は君を歪ませなかったからその先は言わないでいい。代わりに私の言葉が軽率で君を不用意に傷つけたのを謝る。人類が画一じゃない難しさを偉そうに話したばっかりなのに。翼神や双子にポンコツって言われても反論できないや」
「双子?」
「ああ、ただの同僚だから気にしないで。さ、このマーブルデニッシュを試してごらん」
道理と理屈の塊のネオンが言わなくてもいい同僚を出して反省しているのは不思議だ。人間らしくと計算された肉付けは15万年という途方もない演算の結果なのか、もはや埒外の生物と言うべきか。
SFは嫌いじゃなかったけどネオンや翼神は人の想像の限界を超え過ぎていて可能性の物差しなんか埃にも及ばない。
ボクはネオンを疑うのを諦めた。
「美味しい…」
「良かった。ネオンは再び胸を張れた」
「ここではみんな働くの?」
ネオンはウインクしながらボクを撃つポーズをした。何してんの?
「それも自由だよ」
「でも働かなきゃパン買えないじゃん」
「新世界には経済はない。パンもカフェオレも並べば手に入る」
「え、じゃあなんのために働いてるの?」
「私たちと同じ奉仕みたいだよ。人間の欲しがる対価と言えば歓びや賞賛かな?」
「そうなんだ。働かない人は?」
「何も。飢えないのが幸せなら働く必要はないってだけ」
「でもみんな働いてるみたい」
藁を集め運ぶ人を見た。パン屋と違い褒められることはないから対価は無に等しい。それでも人は働く。
「退屈しのぎ、きれい好き、献身的。人間は労働に色々な価値観を持つね。もちろん最低限のコミュニティのルールはあるから共同作業はあるし、サボれば居場所がなくなるってのもあるけど」
「追い出されるの?」
「そうだね。それも人間の野生さ」
「不自由は人間関係のためにも必要」
「人間は不自由と自由がうまく作用すると自発的になるんだよ」
「ボクはなにかできるのかな…」
「慌てなくていいよ。見学なんだし」
ネオンは住人気分のボクを正気に戻して告げた。
「次は遊園地でも見に行ってみようか」
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