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久遠の重力  作者: めざしと豚汁


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5.ユートピア

ゲートを潜ったボクたちの眼の前には、大自然と藁を積んだ荷馬車、中世ヨーロッパをモチーフにした村があった。村の人々は皆風景に合わせたかのようなファッションで作業をしている。風が草の匂いを運び、陽射しはボクに熱を感じさせる。

翼神の触れ込みに嘘はなかった。


「どうだい?」

ネオンは相変わらず誇らしげだ。

「凄い…だけど予想と違った」

「え、どこが?」


少し慌てているのを見てボクはニヤリとした。どうやら新世界に突っ込みが入るのは困るらしい。


「なんていうか、想像してたのはもっと未来的な街で、見たことない乗り物が空を飛んでたりとか」

「ああ、そういう事ね。早速私の出番で嬉しいよ六花」


そう言うとネオンは翼神の設計思想を熱く語り始めた。でも暑苦しいからボクは脳内脚色フィルターを作動させた。


ネオンによると翼神は高度な文明は複雑さゆえにトラブルが絶えない、不便やストレスに生を実感する人間バランスと親近感を計算して中世ヨーロッパを舞台とした。ただ、そのままでは不便が勝ってしまうため調光や設備、アメニティは現代の水準にしているらしい。


「それって管理しやすいようにしただけじゃないの?」

「そうとも言える。でもね六花、人間は監視と管理を感じると不便とは違うストレスが溜まるんだよ」

「あっ…そっか。なるべく関わらないのは人間のためでもあるんだ」

「そう、見守られる安心と干渉のわずらわしさの見極めも翼神の設計には不可欠だったのさ」


ボクはその言葉に親子関係と言いかけたが呑み込んだ。ユートピアに憧れた自分は世界の干渉だけでなく家族もわずらわしいものと切り捨てる薄情さに罪悪感を感じたからだ。


戸惑いを察したのか、ネオンは村を見て回ろうとボクの手を引いた。


「ここで、世界のルールを説明しまーす。六花、心の準備はいいかい?」

「な、何?」

「ここでは物には触れられる。でも人間はそうはいかない。私は案内人だから例外だけど」

「それも不便で生を実感しろの一環?」

ネオンは指で✕を作り笑った。

愉悦という感情は織り込まれているらしい。


「君が理解しやすいように言うなら、例えば痴漢避け。つまり物理的な暴力をなくしたのさ」


確かに触れられたくない相手が触れられないなんて確かに夢の設計だ。でも触れたい相手なら?

ネオンは絶妙な間で補足した。


「六花あれを見て。子供が悪さをして逃げてるけど親が捕まえたよ」

「触れるじゃん」

「新世界はレイヤー同期のオンオフが自由にできる。お互いに合意した時だけ触れられる。但し7歳からの権利だけど」

「なんで?」

「翼神は7歳までは『法則』を学び、選択の基準を体に刻む期間とした。痛みや配慮、そういうのだよ」

「でも、DVとか…」


同級生にそうした境遇の子がいた。この世界がそれを容認するのは間違ってる。


「そう。確かにそうした事象は起こる。ただ、コミュニティは放置しないし、教会が許さないからね」

「教会?」

「そう、生活の規律を説き違反するものを追放するシステムの一部なんだけどね」

「翼神が裁くの?」

「いいや、子供をレイヤー相違で保護してからコミュニティに話し合ってもらう」

「良さげだけど魔女裁判だって起きるかも」

「いや、教会は嘘を完全に見破るし嘘で他人を陥れることだけはここでは救いようのない絶対悪とされている」

「つまり、翼神は人を裁かないけれど公正中立を提供して人に裁かせるってことか」

「六花、君は最高だよ。道理をすぐに理解して言葉にするのは大人でも中々見ない」


AIが無駄に褒めるのは珍しくない。でも根拠のないお世辞は言わないから嘘ではない。だけど、嘘でも頬に熱を感じた自分が悲しいから素直に受け取ることにした。


「そ、そう。でも少し残酷な気もする」

「翼神はその残酷さも成長に必要と考えた」

「反面教師…」

「それでもなくならない。だけど翼神はそれを『人間の野生』として容認したのさ。何でもかんでも介入したら息苦しいじゃない?」


ユートピアは万能じゃない。不自由さを生の実感と定義してわざと残し袋小路になるような理不尽だけ手を差し伸べる。それが適度な秩序や共存の秘訣なのか。ここは個人のユートピアではなく公共を前提に創られている。ネオンは考え込むボクに告げた。


「がっかりしたかな?でもね六花、人間から悩みを奪うのはそれはそれで苦痛を生む。だから今は結論を出さずこのツアーが終わるまでは待って欲しい」

「え?大丈夫だよ」

「ならいいよ。さあ、次は村自慢のパン屋に行ってみようよ」


お腹…少し空腹を感じているボクはまたしてもこの世界の緻密な設計に驚き、疑った。


全ては錯覚なのに。


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