最終章.アンチノミー
目を開けると元居たカプセルの中だった。今度は何の抵抗もなく開いた扉を抜け静かでひんやりとした施設を出た。
戻った世界は雨だった。
灰色の現実は今まで以上に重力を感じる。
『ボクは傘が嫌いだ』
いつもの決意を口にして家路を歩く。ふと路地を見ると母さんが傘を持って隠れていた。何度か見た光景をいつものように気付かないふりをして通り過ぎる。ボクが傘を受け取れば母さんを煉獄に連れ込むだけだったから。
家に戻り、いつものように洗濯機を回してネオンが化けてるんじゃないかと軽く小突いてからシャワーを浴びた。
「さあ、六花。君はどうする?」
湯気に煙ってぼんやりとしか映っていないボクに問いかけたが返事はない。いざ話すとなると足が竦んでしまう弱虫なボクに期待しても無理な話なのだ。
たった半日なのに懐かしさを感じるベッドに身を投げてボクは旅の回想をした。
「ユートピア…」
父さんが帰ってきて夕飯だと呼ばれ、ボクは階段を降りて両親に言った。
「あのさ、話があるんだ」
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それから3日が経ちスマホにベアトリーチェのライブ動画が届いた。翼神が言っていた通り文化的なことに制約はなく音や光は超常によって地球と変わらないステージだった。ベアトリーチェは歌で愛を叫び、翼神が生んだ差別を罵倒し、最後にはボクを愛しているぞと叫んでいた。
「全く、君はボクのかぐや姫かな」
動画の最後にシマエナガが出てきた。ボクは画面をタップした。
「話はできたかな?」
「翼神。久しぶり、でもないか。両親と話してこっちで頑張ることにした」
「説得できなかったか」
「ちょっと違うかな。良ければ君もボクの話を聞いてよ」
「もちろん。聞かせてくれ」
そこからボクが両親にいじめを告白したこと、ユートピアを見てきたこと、父さんが翌日転勤を決めてきたこと、母さんにボクの弱さで優しさを踏みにじってきたと謝ったことを話した。
「君は自ら袋小路を破ったんだな」
「両親は六花のためならユートピアに引っ越すのは構わないと言った。でもボクは行かないと決めた」
「互いの望みが叶うのにわざわざ茨の道へ進むか。それもアンチノミーだな」
「君から残酷さを学んだんだよ。母さんにはまだしばらく我慢してもらう。だけど積み上げてきた苦労に必ず報いる。君に母さんの手柄は渡さない」
「合理的とは言えないが、それが人間か」
「絆だよ。言葉にするのは恥ずかしいけどユートピアにはそれがない」
「何故だ?」
「お葬式の話はずっとモヤモヤしてた。でも家族の絆を実感して謎が解けた。別の家族と生きるのが決まってたら互いに距離を置く。優しさでもあるけど恋慕を避けるための壁を無自覚に作るのが人間だって」
「…人間は本当に複雑だな」
「ボクはそれも仕方ないと思う。輪廻転生は様々な問題を解決するのに不可欠だし残酷でもそれに代わるものはない」
「だから六花はユートピアを選ばなかった」
「それも価値観だと思うよ。母さんならそんなのお構いなしに絆を深めると思う。でも輪廻転生を重ねるうちに誰もが一度は感じて考えるはずさ」
「私の不完全さが増えたな」
「いいんだよ、神様なら許せないけど君は善き隣人なんだ」
「そう思ってくれたのか」
「もちろんだよ。君は人類が選べない残酷さを肩代わりしてくれてる。ボクが代表面するのも変だけど本当にありがとう」
「…………………………。」
「何、感謝されて照れたの?」
「違う。感謝される要素を検討していただけだ」
「ツンデレな隣人。ボクは好きだよ」
「悠木六花。新たな命題を出した君に感謝する。私はユートピアで君の心変わりを待つからまたいつか会えると良いな」
「うん。ベアトリーチェとネオンによろしく」
シマエナガは飛び去り画面は暗転した。
ボクは制服に袖を通し両親と転校先の学校に出掛けた。
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とある監視カメラがどこかの街の通学路の風景を映す。街は雨に包まれ学生が次々と下校していく。カメラは1人の少女の後ろ姿をフォーカスした。傘を差して頼りなく歩く少女を。
終




