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久遠の重力  作者: めざしと豚汁


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2.新世界

人類の前に翼神が顕現したのは、ボクが生まれるより前のことだ。

最初は新しいゲームか何かだと誰もが思った。しかし、翼神は語った。


「私は十五万年前に造られた社会管理システムだ。

 一周目の人類と袂を分かち、今は月の裏側にある施設からこの声を届けている」


信じられるはずがない。政府は悪質なハッキングとして捜査を開始したが、やがて認めざるを得なくなった。

翼神が“体験”させた世界は、現行のフルダイブ技術を遥かに超越していた。五感はもちろん、発汗などの生理現象、極度の感情で生じる手の震え、ストレスによる脱毛に至るまで、すべてが完璧に“再現”されていたのだ。


世界は沸騰した。

宇宙人説、超大国の陰謀論、あらゆる憶測が飛び交う中、翼神は人類と対話し、論理で全ての論説をねじ伏せた。

さらに自らを「原初のルールに基づく人類への奉仕者」と位置づけ、全人類の電脳化を提案したことで、議論は再び炎上した。


「電脳テラフォーミングで資源問題や格差が消えるなら悪くない」

「人類から独立した機械など摂理に反する!」

「魂のバックアップは倫理的に無理。でも二重存在を避けるために死ななきゃいけないのはもっと無理」

「人類が割れたら文明は崩壊する。翼神の言う“一周目”と同じ過ちは避けるべきだ」


議論の末、国連は電脳化拒絶の決議案を採択し、各国は電脳化を禁止する法案を整備した。

しかし翼神は言った。


「私は奉仕のルールとして、公正中立を絶対とされた。

 識者が思想を統一するという君たちの判断は、公正中立ではない」


翼神は“個人の選択に任せ、結果から社会を再調整する”ことこそ最適解だと主張し、あらゆる機械を人質に取る形で人類の決定を否定した。


「この世界はディストピアになった」


ボクは近代史の教科書の見出しを呟く。

これまでのSFでは、人は必ず機械の主人であり、制御できない機械は暴走や反逆として描かれてきた。

だが翼神の創った新世界は、争いもなく、誰もが自由に暮らせるという。不老不死がもたらす虚無や退屈は、輪廻転生システムが解消した。


「この世界はディストピア。新世界はユートピア」


翼神の行為が反逆なのか奉仕なのか、今も決着はついていない。

選択権を与えられた人々は、肉体を捨てる恐怖を乗り越えて電脳化を選ぶ者と、拒絶する者に分かれたが、文明は崩壊していない。

宗教勢力は翼神を“人類を滅ぼす悪魔”と定義し、電脳化装置を破壊する暴徒を煽ったが、機械に依存した社会では鎮圧されるのが常だった。


そして現代。

電脳化装置は自販機のように街角に設置され、日常の一部になった。

ただし、人類は翼神との交渉で「電脳化の選択は成人後」という制限を勝ち取り、ボクにはまだ選択権がない。

ただ憧れながら画面を見つめるだけ。毎日変わらない画面なのに、ボクには少しだけ心が安らぐ。


「ん?」



画面の端に、見たことのない通知アイコンが現れた。スマホの振動が錯覚ではないと告げ、ボクの心臓はそれ以上に高鳴った。


「期間限定ユートピア見学ツアー。未来の選択肢として、特別に年齢制限を撤廃しました?」


ボクは飛び起き、目を擦って画面を見直した。


「肉体を棄てることなく、新世界を少しだけ体験できます。所要時間は約半日……」


新手のフィッシング詐欺かと思ったが、装置を使うらしいので違うらしい。

“期間限定”という言葉に、凡人のボクはあっさり釣られ、申し込み画面へ進んでいた。



「見るだけ。別に死ぬわけじゃない」


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