18.捨てたくないもの
不意に馬車が停まった。馬のいななきとガクンとした衝撃から到着ではないようだ。
「ああ、これも良い機会だ」
ネオンの予定外を裏付けた一言にザワッとした。ネオンの良い機会はボクの価値観を壊すイベントに違いないからだ。
「六花、降りてみよう」
「うん」
馬車の先には老人が倒れていた。御者とネオンはそれを静かに見守っている。
「ちょっと、何やってんのさ。早く助けなきゃ」
「助からないよ。ここには病気はないんだから」
ネオンの言い回しに一瞬違和感を感じたが、新世界の物理法則『寿命』だと悟った。
「でも、まだ生きてるよ。家族に遺したい言葉とか聞いて伝えてあげなきゃ!」
「必要ない」
ネオンが冷厳な一言でボクを止めた。
「それはネオンが人間じゃないからだ。ボクは人として行動する!」
「ダメだよお嬢さん」
御者の声が降ってきてボクはまた足を止めた。
「どういうことなの?」
「あの人はすぐにどこかで新しい人生が始まる。お嬢さんは未練を増やしてどうするんだい?どこかでまた会えるかもから探し出して会いたいに変わると人は壊れるんだよ」
「六花、記憶の欠片は話したよね?それを手がかりに前世の居場所を探す人間もたまにいるんだ。それは新しい家族への裏切りでいつしか人々は不幸の種と定義した。それを認めた教会は公共の不穏分子だと周知させて、人間は葬式の文化を捨てた」
「捨てたって!ひどいよ…」
背後でカツカツと規則正しい複数の足音が聴こえた。振り返ると教会の関係者らしき人影が老人を囲んでいた。
「光の棺」
声がした瞬間、老人の体は眩い光の繭に包まれ、粒子となって消えていった。
ボクは、そのあまりに手際の良い「死」に、認めたくない安堵を覚えてしまった。それがたまらなく、自分への嫌悪感を加速させる。
「さあ、馬車に戻ろう」
ネオンは気が失せた野次馬のように告げ、ボクは無言で従った。馬車は再び動き出し窓の景色が流れ始めた。死があってない新世界…。
「六花の感情は間違いじゃない。君は見学者で新世界の住人じゃないのだから」
「そういう分け方もなんかムカつく」
「人間から悼む気持ちがなくなったわけじゃないからいいじゃないか。余計な未練を断ち切り未来へ進みやすくしたのは合理的だよ」
「ベアトリーチェがネオンを嫌うのはそういうとこだよ…」
ボクは翼神の新世界に納得させられっ放しだったけどそれは理路整然とした合理性にこれまでの倫理観が敗北していく悔しさが伴っていた。同時にユートピアの幸福は与えられるものと思い込んでここに来た自分の甘えから来る羞恥心がボクをズタズタにしている。
「六花、帰る前に翼神と話をしていこう。おさらいだから、気持ちは遠慮なくぶつけていい」
ネオンは気まぐれな寄り道を提案した。
ボクの感情はたちまち濁流となり声に変わった。
「神様に会えるの!?」
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