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1-25 雪山

 トンネルを抜けると、雪山だった。『クリファン』ではエネミーによる特別なデバフをかけられていない限り、周囲の気温や天候などによるプレイヤーへの不利益自体は発生しない。つまりどれほど寒くとも、またどれほど暑くとも特に支障なく戦うことが可能で、仮に半裸のまま砂漠や氷河地帯に寝転がっていてもHPが減少することも死亡判定となることもない。だが、その一方でプレイヤーやNPCにとって冷たいものは冷たく、熱いものは熱い。そういった温度感覚もまたリアリティの演出として大きな役割を果たしている。つまるところ、寒冷地仕様の防具を身につけないまま雪山に入ったプレイヤーの三人は寒さに震えながら雪中行軍をしていた。向かう先は現在地から最も近い拠点である。



「よそ者か? 何をしに来たのかは知らんが、面倒は起こすなよ」



三人がハイランドの拠点に到着し、そこを警備する衛兵がぶっきらぼうに彼らへ放った第一声がそれであった。三人は衛兵に軽く会釈してから目の前にある建物に入る。そこは兵士や補給品を売る行商らの休憩所であるらしく、数人のハイランド兵がそこにいた。彼らはヤルダバルト達に気がつくと、明らかに歓迎していない冷ややかな目線を向ける。三人は震えながら暖炉の近くへ寄り、ヤルダバルトは小声で他の二人に話しかける。



「ああ、そうそうこんな感じだった。最初にこのハイランド領を訪れた時を思い出すな。わかっちゃいることだが俺たちはここのヤツらからまるきり歓迎されちゃいない」



「流石にいい気分はしないな、ヤルダバルト」



「そりゃあな。ただ、お前も覚えてるだろアンクルコミー。妖魔の侵攻が断続的に続いているって情勢だから、こうなるのも仕方ない。そこらへんの事情を知らされてなかった初見の時はともかく、諸々の事情がわかってる今なら一応最低限話だけ聞いてはくれるだけありがたいって思うだろ? しかし流石に寒い。まずは防具を売ってもらおうぜ」



三人は行商風のNPCの下へ駆け寄り話しかける。



「やあ。コートが欲しいんだ、三人分。ダランはあるから売ってくれないか?」



行商は眉間にシワを寄せジロジロと三人のことを見つめる。そして苦々しげに吐き捨てるような物言いで返した。



「チッ、よそ者か。古着ならあるよ、一着一万五千。嫌なら他を当たりな」



「いや、助かるよ。じゃあこれが代金だ」



「……確かに。ほら、これだ。さっさと持ってってどっか行きな」



三人はコートを受け取るとまた暖炉の近くへと寄り、なるべくその場にいるNPCを刺激しないよう、こそこそと装備を変更する。感慨深げにヤルダバルトが呟く。




「いや本当に売ってくれるだけ助かるんだよなこれが。なんせこのあたりではつい最近妖魔が旅人を装って要衝に入り込んでから内外で呼応して襲撃をかけるなんていうことをやったばっかりだ。下手をすれば仲間内ですら信用できるかも怪しい状況の中、よそ者というだけで斬りかかられなかっただけ幸運とすら言って良い」



「そんな事件があったのか? よくそんなところに踏み込もうなどと思ったな」



「まあ、流石にそんなことをしたら外交問題に発展しかねないからな、実行するヤツはそうそういねーよアンクルコミー。当然、心情的には誰も俺達と関わり合いになんてなりたくもないはずだがな。そんな状況で中古のコートでも俺達に売ってくれただけ本当にいい人だったんだよマジで」



「おお、あたたかいな……色が白だというのもいい、雪に紛れてエネミーから身を隠せる。さてヤルダバルト、防寒装備も整ったことだし、具体的な登頂計画を詰めてみるか?」



「ああ、そうしようぜカルマリオン。流石にワープを使わないで登るのは久しぶりだ」



三人は一度建物を離れ、改めて山道を見上げる。一面の雪景色に日光が反射して眩しいくらいに輝いていた。針葉樹の林の間には、舗装されず岩肌が剥き出しになった、傾斜も急で険しい山道がある。所々に見える小さな砦の入口には篝火の光がうっすらと見えている。林の両側には黒々とした高く険しい岩山がそびえ、その所々に雪を積もらせ白く染まっていた。



「やはりというか、見ただけでも険しい道のりだな。流石にここからは見えんか」



「そうだな、アンクルコミー。目的地のサイト・ディーモンアイまでは、ここからでもそこそこの距離を登らなきゃならない。道中には今の俺達よりも明らかに強いレベル四十代のエネミーが出現するしな」



「具体的に何がいたか、覚えているか?」



「妖魔や雪原狼、あとは氷の精霊なんかも湧いてくるな。特に警戒すべきは妖魔と狼だ。アイツらはアクティブエネミー、俺達のことを認識した途端に襲いかかってくる。しかもアイツらは単独で襲ってくるんじゃなくて、その近くにいる仲間を呼び寄せるんだから始末が悪い。少なくとも俺達がポートエスケンへ向かう道中で使った手は使えない」



「何か明確に対策を立てておかなければならんな。ヤルダバルト。ヤツらがどうやって私達のことを知覚しているのかわかるか?」



「妖魔は視覚で、狼は嗅覚で俺達を認識しているな。だから今度はそれをどうやって潰してやるかってことだろ? 猟師のスキルにある、スニークフットはどうだ? 気配を消す効果のあるスキルなんだが、確かアレは嗅覚探知にも効くはずだ」



ヤルダバルトの提案を聞いてアンクルコミーはコンソールウィンドウを呼び出し、先程のレベルアップで獲得したスキルを改めて確認する。



「ああ、これか。なるほど、パーティメンバーもこれの恩恵を得られるようだが、あいにく姿を消すような効果はないな。聴覚探知と嗅覚探知には効果があるが視覚探知には意味がないらしい。それに、狼の嗅覚を誤魔化したところで、あの出来の良いNPCのことだ。流石に視認されれば私達を追ってくるだろう?」



「つまり、結局は何とかしてエネミーの視線に捉えられない方法を考えなきゃいけないってことだな。まあ、その方法についてはもうアタリをつけちゃいる。俺達が買った防具が白一色っていうのも助かったぜ。あとはもう待つだけだ。急ぐ旅ではある。だからこそ、今はじっと待つのが得策だぜ、アンクルコミー」

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