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【完結】真心スイーツとは、あなたの『痛み』が代金です  作者: 櫛田こころ


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第47話 『痛み』そのもののバスクチーズケーキ

最終回

 その姿は、『借り物』でしかない。


 すべての『痛み』を糧に、循環を整えるのが選ばれた者たちの宿命と言うだろう。


『土地』に見出され。


『土地』とともに、歩んでいき。


『土地』が等価交換に必要な『食事』を提供するために、『痛み』という体や心のそれらを代金として頂戴する仕組みはいつから出来たのか……正確にはわからない。


 だが、吾妻大我と加賀谷真宙が基盤となるそれをたしかなものにしたため、『土地』は形を整えて来訪することに決めた。


 お前たちの役割は、もうそろそろひと段落つく。


 外に行きなさい。


 しがらみに囚われていなくていい。


 次の子たちもそこから出れるように、自分が導いてやろう。


 そのための、『試験』となる表面はまっくろくろすけのチーズケーキはとても美味しそうだ。


 自分が候補者の姿を借り、彼らを解放するのが今回の役目。


 真宙が『真里菜』に挨拶したときから、試験は始まっていたのだから。




 *・*・*





 真宙の前にいるのは、カシスムースを食べた『真里菜』の入れ物を借りた『土地』の幻影だというのは理解できたが。


 なにを提供すればいいのか。


 どんな飲み物と組み合わせていいのかが、少し悩んだ。菓子についてはすぐにインスピレーションが働いて決まりはしたものの……若葉に目配せしても、飲み物は任せろみたいな反応だったのでそこは頼むことにした。



「席にお座りください。少し、話をしましょうか?」

「はい」



『真里菜』はあれから大我の経営する会社のどこかで社員になったのか。以前の幼い風貌から、少しばかり鍛えられた大人の風格を漂わせていた。


 現実との境目にある『ル・フェーヴ』にまた来店したい思いと、大我から聞いているであろうスタッフへの転職についても納得はしているのかもしれない。『土地』の意識を内側に根付かせているのであればだが。


 ヒカルが荷物入れを持っていくのが見えてから、裏に一度入った真宙はオランジェットとは別に何個か作っていた『バスクチーズケーキ』の容器を皿に乗せた。表で待機してくれていた若葉に渡せば、トレーごと押し付けられてしまった。



「今回は、真宙が」

「……そうだね」



『真里菜』の試験ではなく、真宙への試験。そして、『土地』がこれから自分たちをどう扱っていくかのさじ加減を図る試験。


 そのため、態と口にしていた微妙なネーミングセンスのケーキ名は言わずに、『真里菜』の前にゆっくりとトレーを置いてやった。



【……黒い、チーズケーキ?】



 声にぶれが生じたので、試験開始かと気を引き締める。ここで言葉選びを間違えれば、店も自分たちも追い出されるだけで済まないだろうから。



「バスクチーズケーキだよ。聞いたことはないかな?」

【ああ! 焦げも美味しく焼いたチーズケーキ?でしたっけ。こんな感じなんだ~】

「かなり濃い味だから、飲み物と交互にどうぞ」

【いただきまーす】



 借り物として『真里菜』を使ってまで、『土地』が審査をしてくるのは初めてだが。彼女を使って集めてきた『痛み』を直に吸収するためだろう。タイの留め具を見ても、特に光ったりはしていない。なら、『真里菜』がケーキを食べ終わったあとで、結果がわかるかもしれないが……美味しそうに食べているのだが、一向に『代金』を支払い続けているわずかな光以外感じ取れなかった。



「……お味はどうかな?」

【レアチーズより濃いですね! 私は好きですよ?】

「それはよかった。……代金は」

【わかっています。『私自身』ということは】

「……え?」

【境目に長く居過ぎると、わかんないですよ?】



 ね?と、『真里菜』が告げば、大我とヒカルの姿が揺らいだように見えた。びっくりしたのか、若葉がこちらに来ると真宙にしがみついてきたが……真宙が怯んではいけない。これはおそらく、千景が言っていた『土地』そのものの姿を見せられているのだろう。


『真里菜』という次世代候補者の姿を借りて、その『現実』を見せてくるとなると……外はもう、一度や二度以上に循環を巡ってしまったのだろうか。



「……これは。鈍感なのは、僕らだったということかな?」

「ちょ!? 真宙、私もこんなの知らない!!」

『……大丈夫ですよ、若葉先輩』

『俺らも、ちゃんとここにいる。ただ、時間軸とやらが違うだけだ』

「意味わかんない!?」

【言葉通りですよ】



 風鈴に似たドアベルの音がチリリ……と強いものに変化していき、外との境目が真宙でもよくわからなくなってきていた。一瞬だけドアが開けば、焦った表情の千景だけが転がり込むように入ってきた。



「……まったく。私と同席のときに、その選定をしてくれたまえよ。『土地』」

【仕方がない。この借り物が一番都合がよかった。……美味い馳走は最後の最後で食べさせてやりたかった……】



 ふっ、と『真里菜』の身体が揺らいだため、近くにいたヒカルと大我が慌てて飛び出す。倒れる前に抱えれば、揺らいでいた彼らの姿も綺麗に元通りになった。年齢などもそのままだったので、真宙もほっと出来た。



「真宙。外は……この境目から見える風景とは全然違う。二転三転したくらいに循環が終わって、もうめちゃくちゃだ。その最後を見たくなくて、『真里菜』はここの夢を見たかったんだろう」

「……こころの、『痛み』ですか」

「次世代候補者にそれをさせてしまったのは、関係者としては非常に申し訳ない。だが、そのおかげで『土地』が動いた。……二転三転した分、返したんだよ。すべての『痛み』を」



 おいで、と若葉と一緒に外へ出るように手招きされれば。


 住宅街の中にある設定にさせられていた外は、暗雲が酷くて地面も凸凹。とてもじゃないが、爽やかな幻影を見せていた夏から秋に近い風景はどこにもなかった。



「……これが、『今』ですか」

「預言も二転三転くらい引っかきまわされたが、概ね一致したね。ここから、さらに『痛み』を抱えた客らが流れ込んでくるけど……ヒカルは卒業したばかりで、若過ぎる。代金はもう通常でいいが……せめて、テイクアウトくらいは出来るように備品は買い足そうじゃないか?」

「……ですね。彼女もここで働きたいのなら、人手は多くて助かります」

「そうね。私とヒカルだけじゃ、梱包と会計が間に合わないわ」



 縛られた生活をしなくても済むが、そのための代償は大きかった。しかし、それでも『求めて』くれる客らがいるのなら……今度は、『ただの』洋菓子店として営業していけるようになりたい。


 普通に並んで、普通に持ち帰って、普通に誰かといっしょかひとりのご褒美にしたい。


 そんな真心を込めた菓子を渡せるように、『痛み』を代金にする手法はもう終わりでよい。


『ル・フェーヴ』は風鈴に似たドアベルが特徴の洋菓子店です。お気をつけてお越しくださいませ。


 で、いいのだから。



『fin.』

応援ありがとうございましたー

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