第43話 障がい関連には干菓子を①
これまで、『ル・フェーヴ』にまかせっきりだった業務以外の、『痛み』を代金とする取引の方法を見せようか。
あのテナントが関係している『土地』の所有一族、桐生家の宗主・千景はときどき街を出歩きながら……人々が抱えている『痛み』を導く手法を広げていた。
『土地』単体だけでは、引き寄せる道を開くにも限界がある。そのために、所有一族があれこれと吟味した中で、見つけて導くのも仕事の一環。
その迷い子となっていた、赤い札を持つ人間たちがちらほら見えてくる場所も訪れるべき、重要地点として何回か利用している。
彼らのひとつ、心を蝕んだ……ではない、『障がい』と呼ばれる枠組みの改善点になるべく、医療にも実は恩恵を与えていたと知られているそうだが。千景にとっては、導くための『餌』扱いにしているのであまり気乗りはしていない。
今日も今日とて、そこのひとりに目星をつけて帰り道から誘導してやったのだった。
彼らが欲する、『代金に等しいお菓子』があるよ、と囁いてやって。
今回は固くても、口に入れれば蕩ける『干菓子』がご所望のようだった。
*・*・*
生まれてこの方、ではないが。沙也加には『精神障がい』というレッテルがつけられていた。
聞こえは悪いだろうが、成長する上での『発達障がい』に部類されてしまったのだ。しかも、いい歳した二十代も半ばで。
就活から頑張って内定を取った会社が、昨今でいう『ブラック企業』というやつだったのも原因のひとつかもしれない。残業サービスと謳って、給料も大して上がらない上にモラハラの上司らが多い社員生活で、精神を病むのは数年経ってから気づいたし、気づかされた。
たまたま、ほかにも被害を受けたという社員からの依頼で『労基』が入り、上役含めるモラハラ上司らがことごとく処分されていったのだ。
だけどそれでも、沙也加は心の障がいとやらでダメージを受けすぎ……結局は休職ということで家に閉じこもる生活をしばらく送ることになった。
閉じこもると言っても、完全に一人暮らしなのでときどきは食材の買い出しに行かなくてはいけない。そのときに、シリコン出来た赤い札をバックにつけているのを見ると……虚しい気持ちになってしまう。
(……精神科って、言われてても『自律神経』が悪いかもしれないって診断されたし)
しかし、世間的に見れば『発達障がい』の一部とみなされてしまった。健康そうに見えても、
その札を見れば『特別扱い』などをされてしまう。役所の福祉課でも聞いたが、手帳を持っているだけで交通費も割引が一部利くらしいと。それでも、自分が『不健康』と思わずにいられない。
あの会社にいなければ、と思っても。『じゃあ、ほかでも同じ?』と聞かれたらそれはわからないと答えてしまう。受けたダメージを癒すのに、わざわざ病院に通うにも、高い診察代を緩和する手続きもした。実際に支払っているのは国民健康保険くらい。それだけでも、レッテルを持っているのにありがたいと思ったほどだ。
今日もその診察日だったが、『食育から変えよう』という方針が決まり、ダイエット食だと思って日常のルーティンにしていた献立をいろいろと返させられたのも……正直、疲れた。
会社の昼食も適当に済ませていたのに、あれやれこれやれが病院から出るのも億劫になってくる。しかし、過敏になっていた症状が緩和するのには、カウンセリング以外にも健康面も大事だと諭された。
わかっているが、食べたいものは好きに食べたいと思っている。特に、甘くて美味しいものは。
「……だったら、行ってごらん?」
ぼーっと、歩いていたらどこからか女の人の声が聞こえてきた。沙也加に言っているのか、誰に言っているのかわからなかったが。不思議と耳に強く残った。行けるのなら、どこに行けばいいのか振り返ろうとしたら。
チリン……リン。
季節は秋手前。風鈴に似たドアベルの音が心地よく耳に届いた。
気が付けば住宅街に入ったのか。周りには人っ子一人いなかった。さっきの声は、幻聴かなにかだろうか。ああ、また症状が悪化しかけたのかと思いそうになって歩くのも嫌になってきた。
「大丈夫、ですか?」
今度は男の子の声だった。うつむいた顔を上げれば、沙也加の前にはコックスーツを着た高校生くらいの男の子が心配そうにこっちを見ている。今度は幻聴でも幻覚でもないことにほっと出来たが、ここで会ったのもなにか縁あってと勝手に思うことにしておく。
なぜなら、彼の後ろに見えた建物はどう見てもお菓子屋さん。たまには自分へのご褒美くらいいいだろうと言い聞かせて、店員かもしれない彼に質問をすることにした。
「大丈夫だよ。あの……そこのお店、お菓子屋さん?」
「あ、はい。イートインしか出来ないんですけど。……入り、ます?」
「ええ。お邪魔するわ」
見える範囲に、席はひと組くらいのテーブルしかないのは不思議だったが。それでも営業が成り立っているのなら、なんだっていい。
彼に付いていき、ドアベルの音を聞きながら中に入れば……会計のとこには、可愛らしい背丈の女性店員がいた。ロリータ風なのが、自分にない乙女心をくすぐるというかうらやましく見えたのだ。
「おや、いらっしゃい」
裏から出てきたのは、沙也加より少し年上の店長らしいパティシエ。しかも、イケメンときてテンションが高くなるのを抑えるのが大変だった。自律神経が少し悪いため、興奮し過ぎると感覚が過敏になるからだ。
「あの。こちらの店員さんに聞いたんです。イートイン専門だって」
「そうですね。でしたら、注文は聞いてますので席におかけください」
「え? 私、なにか言った?」
「大丈夫です。お……僕が、さっき店長に伝えたので」
「そう、なの? じゃあ」
ゆったりと待っていていいのなら、ゆっくりとさせてもらおう。まだ買い物前だったから、生ものとか買わずにのんびり待つくらいできる。ただ、向かい側に店長の方が腰かけてきたのには、少し緊張はしたが。
「お待たせいたしました。囚われ解消の干菓子です」
「……え?」
そして、待っていたら女性店員の方がネーミングセンスいまいちな商品名とともに、お菓子のセットを持ってきてくれた。
薄い皿の上には、クッキーにも似ているけど、固そうなお菓子。和菓子でも作るのが難しいとされる干菓子だ。絵柄だけは洋菓子風なイチゴの模様が描かれていて可愛かった。飲み物は色から見て濃いめの煎茶だろうか。
「僕の手製ですが、どうぞ」
「……好み、さっきの店員さんに伝えた覚えないんですけど」
「ここは、ちょっと特別な店なので。代金もきちんといただいていますから問題ないですよ?」
「……これ、幻覚??」
「さあ。僕は現実だと思っていますが」
夢うつつにしては現実味があり過ぎるし、たしかに『どうかしてる現象』にしてはおかしい気がした。
それもそうだと頷くことにして、用意されていた紙の手拭きで清潔にしてから……まずは、お菓子の方に手を伸ばしたのだった。
次回はまた明日〜




