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【完結】真心スイーツとは、あなたの『痛み』が代金です  作者: 櫛田こころ


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第42話 熱中症には水ようかん②

 そっ……と、スプーンで切れ目を入れれば、ずっしりと重い感触が伝わってくる。


 水ようかんもだが、和菓子には『あんこたっぷり』が和樹の好みだ。控えめだとどうしても物足りなく感じてしまう。すくってみると、ほんのり表面に透明な部分がある以外、見事なこしあんが詰まっていた。


 ゆっくり、口に運べば歯で噛む前に舌の上でとぅるんと蕩けて喉の奥へと流れていく。


 この快感が、水ようかんの特性であり、風物詩らしい味わい。大きめだが、ばくばく食べるのではなくゆっくり味わおうと自然にスプーンの動きが緩慢となっていく。


 途中、飲み物を見れば温かそうな煎茶だったが、ひと口飲めば冷たくなっていた口内をほっとさせてくれるやさしさで潤う。不愛想な表情でも、接客はきちんとする店員らしい。


 ようかん、煎茶と交互に口にしていけば……終わりは儚くもやってくるというもの。


 からん、とスプーンが最後に乗ったときにはようかんの姿はもうない。煎茶も全部飲み切った。



「……ごちそうさまでした。その……すごく、美味しかったです」

「気に入ってよかったです。和菓子は僕の好きに作っているだけですが」

「洋菓子専門ではなく?」

「専門では一応あるんですが。先代も和菓子が好きだったので、色々教わったんですよ」

「……なるほど」



 あんこ、抹茶、きなこなどをチョコや生クリームと合わせるマリアージュなどもあるが。単純に和菓子を作る技術も素晴らしいとなると、もう専門を名乗ってもいいのではと思うくらい。しかし、気まぐれかもしれないので深くツッコミはしなかった。



(でも、本当に支払いしなくていいのかな? かなりコストかかっているだろうに)



 そこが気になって仕方がないが、店長自身から問題ないと言われればそれはいいのだろう。もしくは、ほかのケーキや焼き菓子をテイクアウト出来ないか聞こうとしたら、あの風鈴に似たドアベルの音が耳に届いて……意識がふんわりと揺れたように感じた。



「お越しいただきありがとうございました」



 店長の声が遠くに聞こえたと同時に、椅子に座った感触までふわふわしたようなものに変わっていく。なぜ、待って、という前に、和樹が座っていたのは会社の休憩室にあるベンチだった。向かい側には同僚とかが『お?』とこちらを振り返ってくる。



「井倉、起き上がって平気か?」

「……なんか、しちゃった?」

「会社の入り口前で倒れてたんだよ。医務室に行くかどうかの前に、冷やした方がいいだろうって俺とかが運んできた。……熱中症か?」

「……多分? ごめん。あんまり記憶がない」

「眼精疲労も抱えてたとしたら、ホットタオル作ってくるか? レンチンで出来たよな……」

「いや。今は喉が渇いているくらい」

「そうか? スポドリよりおーえすだったっけ? ないから、水でいいか?」

「……うん」



 あの洋菓子店に行った記憶と、会社を出て営業回りに行った前後の記憶が混濁している。そもそもの相互性が釣り合っていない。しかし、無事に起き上がれているのならそれはそれでいい。熱中症は万が一の場合、死に至るまでの重病説もあるくらいだから……和樹の命が今あるのならいいのだ。


 もしかしたら、あの洋菓子店で水ようかんを食べたのは夢の中だったか……はたまた、死の境にある現象だったのか。後者だとかなり怖いが、店長を含めいい人たちだったのでお礼も中途半端だったのが失礼だったと思う。



(お越しくださって……って、ことは実際行ったような感じだったけど)



 同僚から水のペットボトルを受け取ったが、軽く飲んでも冷たい喉越しが潤うのも本物だ。


 だがやはり、あの店で食べた蕩ける触感の水ようかんがもう一度食べたいなと思ってしまうのも本音。しかし、あまりいい状態でなかった和樹の突然の体調不良のこともあり、早退ついでにかかりつけの内科に行ったが。問診を受けると熱中症になりかけていたと判明。


 猛暑に近づいている季節手前でも油断するなと言われたので、せめて日傘くらいは常備しようと決めたのだった。




 *・*・*




 留め具の光具合を、ヒカルに見せてやる。どのくらい『痛み』を頂戴したかのバランスをわかってもらうためだ。



「……今くらいのお客さんだと。このくらい淡い光り方かな?」

「……熱中症手前だと。そんな強い痛みじゃないの?」

「意外とね? 僕らのように慢性的な方が、『土地』はお好みのようだ」

「そうなんだ?」



 それと、再来店したいくらいの強い望みを跳ね返すために……記憶を弄るのにも『痛み』を利用するらしい。仕組みは真宙にも『そういうものだ』としかわかっていないが、望みを出す前に退店を促すように雰囲気づくりから『夢見』だと思わせて帰していく。


 今回、あのサラリーマンにはその方法でご退場願ったのだ。



「真宙~、ヒカル~? あんこまだあるなら、あんバタートースト作っていい?」



 もうひとりの功労者である若葉は、とっとと裏手に回って片付け以外の業務をしていたが。なかなかに魅惑的なおやつの提案をされると、真宙とて浮足立つのも仕方ない。



「いいね? 若葉くんのあれは最高に美味しいから」

「あん? バター?? え? どんなの??」

「東海地方発祥の、トーストの食べ方よ。あんことバターの組み合わせって、食べたことないの?」

「……美味しい、んですか?」

「病みつき間違いなし」

「若葉先輩が言うなら!! 教えてください!!」

「ん」



 余ったあんこの使い道で、洋菓子か和菓子にするかは若葉次第なところもあったが。半分食事向きな食べ方もたまにはいいだろう。


 あのサラリーマンには悪いが、テイクアウト希望を出されても……ここは現と幻の境目にある洋菓子店でしかない。戻っても、特殊な事情を持たない限り、食べたものは残らないのだ。イレギュラーはあれど、基本的に噓まやかしに近い存在なのだから。


 その境目と、現がそろそろ怪しいのかもしれない。


『土地』の欲しい『痛み』の種類がころころ変わるのが少し危ない気がしてならなかった。



次回はまた明日〜

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