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【完結】真心スイーツとは、あなたの『痛み』が代金です  作者: 櫛田こころ


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第38話 皮膚アレルギーにはキャロットケーキを②

 表面は白いから、おそらく生クリームなどの『乳製品』を使用しているはず。


 璃子にとって、大敵そのものなのだが『食べて大丈夫』『かゆくならない』と、食のプロが言うのだからと信じて……デザートフォークでそっと切り込みを入れる。ケーキの底にはレーズンなどが入っているのか、少し色が違う。


 赤ん坊の頃にも食べたかどうかの、ケーキ。


 SNSや雑誌などで眺めていただけの憧れでしかないそれが……と、いい匂いと口にしながら含んでみた。


 通常なら、一瞬で到達してくる『かゆみ』が一切ない。ないどころか、想像していた以上の、優しい甘さと味わいに思考が蕩けてしまいそうだった。



(生クリームじゃないけど、クリームチーズ?なのかな。ヨーグルトも大昔に食べたっきりだから、味が似てる。なにより)



 美味。


 とても美味だと、素直に感じられるのが嬉しくて堪らない。アレルギーを気にせずに、次の箇所も口に頬張れる嬉しさに涙がにじんでしまいそうになる。しかし、ぐっと堪えて、レーズン以外に、香ばしさの部分にはクルミが使われているのがわかると。ナッツアレルギーではないため、馴染みのある美味しさとのマリアージュにほっとため息が出た。



「……どうだい? 痛くないだろう?」

「はい。全然かゆくないですし、味を素直に楽しめます!」

「よかった。美味しいものはちゃんと美味しく食べれるようになると、嬉しさが倍増するからね?」

「クリームチーズなんて、ほとんど初めて食べました」

「乳製品の代表的な食材だから……普段は、ほとんど食べれないんだ?」

「はい。卵も昔は……今は大丈夫らしいですけど。怖くて」

「それも入っているよ?」

「え? 全然気づかなかった!?」



 すらすらと、他人との会話が出来るのもいつ以来だろう。クラスメイトなどの一部の友人は少し遠慮がちに接してくるところがあるので、線引きなどをしているような気がしたが。


 この店長にはそれを遠慮するような話題が出てこない。むしろ、楽しいとしか思えないのだ。



「食育のプロは、僕なんかより栄養士さんとかもっと別がいるだろうけど。代金……しっかりもらったから、もう大丈夫だよ」



 という言葉を最後に、あの風鈴のようなドアベルの音が耳に届く。


 ケーキを全部食べ終えたあたりで、璃子の意識がふわっと浮いたかと思えば自宅の部屋でぽけっと座り込んでいた。制服のままでぼーっとしていたようだが、あの洋菓子店のことはなんとなく覚えている。


 帰宅して、ぼーっと夢見ていたにしてはリアル過ぎる内容だ。アレルギーで食べられない食事が食べられたなどと、信じられない展開があったとか。



「璃子~? 帰ってるよね? おやついるー?」



 母親が帰宅したということは、果物を洗ってくれた程度のおやつだろう。夢でもあんなに美味しいケーキを食べてしまったら、普段の我慢への切り替えが出来るかどうか落ち込みそうになったのだが。



(え? ケーキ?)



 ダイニングテーブルに置いてあった皿には、いちごのショートケーキがあった。フォークも出してあったから、今璃子といっしょに食べるために置いたのだろう。アレルギー反応を一番に見てきた母親がなんこんな自殺行為に近いことを、と、顔を見ても『どうしたの?』くらいにしか表情を変えていなかった。



「好きでしょ? 生クリームといちご」

「……好き、だけど?」



 返答した璃子自身の答えのないように、自分で違和感を覚えた。どうやら、夢と現実の境があやふやでちらっと手足を見ても黒い袖やタイツはなかったし……普通にきれいな小麦色の肌があるだけだった。


 もしかして、アレルギーが酷かったのが『これまでの夢』だったのだろうか。あのキャロットケーキを食べたことで、『入れ替わった』にしても摩訶不思議な展開。


 とりあえずは、本当に食べていいのだと親が言うのなら堪能しようと手を合わせた。どっしりと重い、甘さと牛乳の味が濃いクリームは今まで欲しかった最高の味。そして、アレルギー反応は本当に夢だったのかと思うくらい、一切なにもなかった。




 *・*・*





 あのキャロットケーキの仕込みをしたのは、真宙ひとりではない。クルミとレーズンのカットだけは、新人アルバイトになったヒカルが関わっていた。



 璃子が食べていたときは、かつて真宙の新人時代のときと同じようにバックヤードでほかの材料の仕込みをしていたので出てこなかったのだ。



「店長~。クリームチーズの仕込み、出来ました」



 そして、業務中は身内ではなく『上司』として呼び方をきちんと切り替えている。



「ありがとう。若葉くんもお茶するから、いっしょにケーキ選んでいいよ?」

「! やった」



 そして、休憩時間を設けて『ディスプレイ』のケーキを食べさせ、味を覚えさせるのも忘れない。『土地』が気に入る逸材には、それくらいの楽しい修行はちゃんとさせたいと思っているのだ。


 が、しかし。



「……先に選ぶのは、私よ」



 今まで、ほとんど独り占めしていた若葉には、少しばかり気に食わない態度が前に出てしまっている。いい年齢でも、甘い物好きとしては色々悔しいのだろう。



「あ、はい。そこは全然」

「じゃ、いちごタルトもらうわね」

「俺は、シャインマスカットのショートケーキ。いいです?」

「いいわよ?」



 と言いつつも、きちんと譲歩している部分はあるので、仲が悪いわけではないらしい。接客面での後任候補は大我がきちんと研修育成を進めているらしいので、彼女の方は心配していないが。


 この店が、『土地』の中がここまで賑やかになるのは大我が居た時以来だ。



(……あのアレルギー持ちのお嬢さんのは。相当食ってくれたようだし)



 数時間前まで居たあの女子高生は、先天性の大きなアレルギーという『痛み』を抱えていた。最近『痛み』の量が微々たるものだったので、最高に『美味い』と反応を示した『土地』だからこそ、ごっそり抜いて『生活環境』の整え方すら弄ったのだ。


 環境整理くらい、まやかしで隠す以上の芸当が常のここなら簡単にできる。ただし、それ相応の『代金』を支払わないと無意味なのには変わりない。



「真宙兄ちゃんのケーキ、やっぱりおいしー」

「基本的に、重く感じないのがいいのよね? 海外のケーキは重くて甘ったるいし」

「俺は、そういうチープな味わい嫌いじゃないですけど」

「それはそれ。これはこれよ。代金相応のケーキは、上品なものが多いのよ」

「なるほど」



 ともあれ、その賑やかに自分も加わろうかと、飲み物のお代わりついでに何か食べようかとディスプレイを覗くことにした。

次回はまた明日〜

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