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【完結】真心スイーツとは、あなたの『痛み』が代金です  作者: 櫛田こころ


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第36話 リカバリーにはマドレーヌを②


「……転換のマドレーヌ、とでも言えばいいかな?」



 二年前と変わらず、微妙なネーミングセンス。しかし、考えているあたり『後付け』の理由として真宙たちが適当につけているのだろう。飲み物は、若葉と呼ばれたあのウェイトレスが紅茶を持って来てくれていた。



「……俺が、これ食べたら。兄ちゃんみたいに、怪我とか治るんですか?」



 真宙にではなく、千景に問いかければ。彼女はいつのまにか取り出していた扇子で口元を隠し、ゆらゆらと揺らしていた。



「『土地』が欲する『対象の悪しき箇所』を取引材料とするのなら。『土地』が気に入った君自身の病以上のソレはたしかに、表面上は治っているように見えるかもしれない。実際、真宙のような立場にいる者でも一瞬に見せていたが、数年以上かけてゆっくりと与えていたからね?」

「正式な後継者となったのも、表の時間でも十年くらいですかね?」

「そう。その誤差を人間には感じさせて……悪しき箇所を食すのが『土地』なんだ。邪気を好むのと似た性質だと考えていいね?」



 専門用語がところどころ混じっているが、とりあえずこのマドレーヌを食べたら……ヒカルの脚はインフルエンザにかかる前の時のように『健康体』に戻るのかもしれないのはわかった。ただし、この店に滞在するわけではないから、以前の退店のときと同じように家に帰される覚悟も持っていた。


 覚悟無しに、親にも迷惑をかけた真宙の情報は伯父からもここ数年まともに聞けていないのはそのまま。逆に、聞いてはいけないことへの配慮くらい出来るようになったのかもしれない。この店にまた来たいと願ったことへの『努力』とやらを、今日という日に千景に認めてもらえたのだから。



「……いただきます」



 だから、真宙が困ってもいい。困らせたいわけじゃないが、ヒカルなりの覚悟を見てもらいたかった。チョコがかかっていない部分を手に取り、まずはチョコのところを。


 カリっとした表面の下は、ふんわりやわらかな生地。前に食べたフィナンシェよりバターの風味はまろやかだが、軽い触感と合わさって咀嚼するのが楽しい。二口で食べ終えそうだったのを、温かい紅茶で少しのどを潤せば……じゅわっと、口に広がるバター特有の多幸感が堪らなかった。すぐに残っていたひと口分も頬張って同じ循環を繰り返す。二年前と同じように、真宙の菓子はやはり最高だと思った瞬間だった。



「気持ちのいい食べっぷりね?」



 声をかけてくれたのは、若葉だった。近くで見ても顔は幼く見えるし、とても年上とは思えない。女性に年齢を聞くのは失礼だとわかっているが、こんな小柄な日本女子もなかなか少ないのではと思うくらいに。



「……にいちゃんの菓子。ずっと味を忘れたくなくて。けど、久しぶりに食べれて嬉しかったんです」

「そうね。私のお父さんがわざわざ後継に望んだほどの腕前だもの。……あなた、従兄弟だからって後継げれるの?」

「それはわかりません。……受験は製菓学校の合格もらいましたけど。俺の中であげれるものって脚の病気くらいだし」

「来れてる時点で認められているわ。そこの理事さんのお眼鏡にはかなっているし」

「ふふ。皮肉を言いつつ、君も後輩としては認めようとしているじゃないか?」

「……一言多い」

「はいはい」



 千景に若葉は居ても大丈夫だと言ってくれた。


 しかし、肝心の真宙にはなにも言われていない。そちらへゆっくりと顔を向けても、彼は少し難しい顔をしているだけだった。それと気になったのが、胸元に光るネクタイの留め具が銀色に光っているように見えるのは現実だろうか。



「……にいちゃん、それ」

「……ああ。この留め具に君の『痛み』を流し込んでいるんだけど。一定の量しか受け取らないようだ。僕が決めることじゃないし、『土地』がヒカルくんの意志を尊重しているんなら……学校帰りくらいにアルバイト出来るとこから始めようか?」

「! いいの!?」

「そろそろ、僕の跡継ぎか誰かを据えないといけないし」



 苦笑いする真宙が手を伸ばしてくれたので、ぎゅっと握手した途端に身体が少し軽くなった気がした。椅子を使っても楽に立てるような気がして試すと……本当に、治ったかのように足が軽くて普通に『歩けた』。



「すごい!? 痛くないし、足が!!」

「この『土地』というか、店の中でのまだまやかし程度だから。外だと、関係者には通じないから気を付けて。前に追い出しちゃったときは、ちょっと痛くない程度だっただろう?」

「あ、たしかに」



 通常の『客』はまやかしを『本物』にするために、『土地』が取り除く勢いで『痛み』を吸収してしまうらしい。そのまやかしを補助するのが『代金かわり』の『スイーツ』だそうだ。現実では食べたはずなのに、まるで薬を飲んだかのようなのもまたまやかしに近い。


 その仕事を引き継ぐ覚悟、とやらはまだすぐには難しいが手伝いたいとは思えた。


 そのあとは面接などを改めて真宙と行い、コックスーツのサイズだけ聞かれてからは千景と普通に退店したけれど。たしかに、介助杖を装着しておかないと『歩けない』に戻ったのは本当だった。



「現実とあそことの境目に慣れれば、現実側も同じようになっていく。医師らも飛び上がらんくらいに驚くさ。その誤差くらいは許してほしい」

「……全然ですよ」



 これから、『ル・フェーヴ』の一員として通えるのならまやかしだろうがなんだろうが信じていこうと思えた。真宙の抱えていた秘密を、身内としても理解していきたい。伯父にはまだ話せないことも、自分が代わりに聞く立場になれば……は、少しおこがましい態度かもしれないが。


 少なくとも、淋しさくらいは減ってほしい程度には近くにいたかったのだ。




 *・*・*




「あっさり認めたのは、『土地』の意思だから?」



 ヒカルたちをいっしょに見送ったあと、若葉が苦笑いしつつも真宙へ宥めるような言葉をかけてくれた。頷いていいのか考えあぐねていたが、若葉に嘘を教えても意味がないので頷くことにした。



「ああ。千景さんほどじゃないけど、継承者としては『土地』の意思は感じ取れるからね。『喜んで』いるとかそんな振動が留め具越しに伝えてきたよ……」

「ここで働けるようになったら、活き活きしそうな子よね?」

「ほんと。いい方面に持っていこうとするのが上手いんだよね。『土地』って」

「地殻変動の『アレ』とかが具現化してるって、宇宙開発とか科学者が知ったら転げ落ちるだけで済まない……」



『土地』の正体は、実は大我から継承してからまた別のモノだと教え込まれていた。エネルギー吸収とでも言えばいい仕組みのはずが、マントルの奥の奥のプレートを支えていたのだとヒカルも知れば……若い知識と創造意欲で『止めて』くれるきっかけになるかもしれない。


 しかしそれは、もう少し先延ばしするくらいにゆっくりと進めた方がいい。急げば、壊れるのは日本だけで済まないのだから。


次回はまた明日〜

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