第35話 リカバリーにはマドレーヌを①
どれだけ時間が経ったかわからない。
どれだけ、努力すれば……あの人のところにもう一度訪れられるかわからないでいた。
だから、まずは車椅子から専用の介護杖で移動出来るようになるまでしばらくかかり。高校も普通科に転入出来たので、大学ではなく『専門学校』を目指した。
それは当然のことながら、あのフィナンシェを作って持ち帰らせた従兄弟にもう一度会いたくて。
同じ土俵に立っても敵うはずがないのは百も承知。せめて、一度でいいからまた会って、ここまで来れたことを報告したかった。
勝手なことをしたことはわかっている。
だけど、何も見出せなかった『将来』のきっかけになれたと自分で誇っていいんじゃないかと思ってはいた。
(真宙にいちゃんに、会って……ちゃんと言うんだ)
いきなり後継者になりたいは大袈裟過ぎる発言だが、アルバイトでもいいから雇って欲しいと。
そしてそのチャンスは、意外にもすぐに訪れた。
「君のように努力と向き合う人間を探していたよ」
高校を卒業したその日に、女性に声をかけられたのだが。見たこともある紙袋を手にしていたので、つい『もしかして』と返事をしてしまった。
*・*・*
両親には先に帰ってもらえないかと告げ、先ほど知り合ったばかりの『千景』という母くらいの女性からも『知人です』と答えてもらったので、ゆっくり話をすることが出来そうだった。
今の介護杖にも慣れたので、中距離くらいなら歩きながらでも話は出来るが。千景の少しミステリアスな雰囲気にどこか懐かしさを覚えたのは、多分間違いではない。
従兄弟が営んでいる、あの洋菓子店と同じ雰囲気を感じたのだから。
「あの、千景さん。これからどこへ?」
「ん? 君が望んでいる場所があるのだろう? 私はあくまで案内人だ。関係者ではあるがね」
「じゃ、にいちゃんのとこに?」
「一度来店したが、すぐに引き離した経緯はなんとなく聞いているよ。……君は志願者でもあり、次への適任者だとも」
「……今日、帰れなくなるとか?」
「私がいるからそこはない。いくらなんでも未成年者へそんな酷な仕打ちをしたりしないよ。……さあ、着いた」
千景が言葉を紡いだ途端、春なのにあの夏の次期と同じ風鈴に似たドアベルの音が。
白い外装に大きなガラス窓。
中にはショーケースに会計カウンターと、イートインのテーブルセットがひと組。
あの頃と、何も変わっていない。どのようにして来たか、また覚えていないままだったが。
(今度こそは、にいちゃんともっと話したい)
千景においでと手招きされたので、一瞬見えた『ル・フェーヴ』という看板をちゃんと読んでから扉を潜らせてもらった。
室内にはこちらが来るのを予想していなかったのか、あの頃とほとんど変わっていない真宙とウェイトレスの若葉が……びっくりした表情でこっちを見ていたよ
「え? 千景さん……と」
「誰?」
ついこの間、の感覚なのかわからないが。あの頃に比べれば多少はヒカルも身長が伸びたりはした。脚への障害は軽減したかと言えば微妙なところだが、それでも年相応に成長したことが嬉しく思えた。
真宙にはおそらくわかっているだろうが、若葉はまだ二度目なのでわからないのも無理ない。
「こらこら、若葉。次世代候補者の『今』を連れてきただけなのに」
「は? え? 男……ってことは」
「君は……ヒカル、くん?」
「久しぶり、真宙にいちゃん」
またさらに声変わりが進んだが、真宙にはじめて聞かせたからぽかんとしてしまうのも無理ない。若葉は女性にしてはリアクションが大きいのか、可愛くないくらいに大口を開けていた。
「ちょ、理事さん?? こっちの感覚だと二年前に来たのよ? まさか、もうそんな??」
「その通り。今日無事に高校卒業したから、お祝いも兼ねて連れてきたよ? 『痛み』を完全に取り去るかどうかは真宙次第」
「……待ち伏せしてたんですか? 千景さん」
「失敬な。『土地』に来訪時期を宣告されたのだよ」
「「……はぁ」」
無関係者ではなくとも、やはり事情を知らないヒカルでは皆の会話の意味がよくわからない。たしかに、アルバイト志望のために来たい希望は出していたのだが……そう簡単にはいかないのかと少し気落ちしそうだった。
「決めるのは我々ではないからね? この『土地』だ」
「あの……ここのテナントって意味じゃないですよね?」
「簡単に言うとそうだが。呪われたとかじゃないんだ。スピリチュアル的に言うなれば、『守り人』『護人』などと比喩されているんだよ。君は真宙の次にその立場になれる可能性がある。……優しすぎるし、土地がそばに居て欲しいと仲介である私のようなのに頼むんだ」
「??? お化け??」
「ふふ。そんな可愛らしいものであればよかったけれど。……真宙、今何か『代価』になるようなものはあるかい?」
千景が真宙に聞けば、わかっていたのか頷く。前回のように若葉が裏に取りに行くのではなく……横のショーケースから。出してきたのはチョコレートがかかった貝殻風の焼き菓子。
これまた、ヒカルの好物である『マドレーヌ』だった。
「導かれて僕がこれを作ったのなら、君に食べる気はあるかい? 前回の『痛み』は『土地』がフィナンシェ越しにもらったようだし」
「……もちろんだよ」
だけど、立ったままだと行儀が悪い以外に片手で持つのも危ないのでテーブルへと移動するのだった。
次回はまた明日〜




