第31話 貧血予防にカシスムース①
血の巡りが悪い。立ち上がるとすぐにふらついてしまう。
そんな体質がいやでいやで仕方がなかったのに、目の前のパティシエが『どうぞ』と薦めてくれたネーミングセンスが不思議な『ムースケーキ』はそれを改善してくれるらしい。
(本当に、治るの? というか、『無くなる』の??)
増血剤を飲んでもちっとも改善しないばかりの自分へのご褒美が具現化しだけなのか。ワインレッドにも似た半円状のカシスムースは、血にも似た色合いでどこかそんな感じを思わせてしまう。
けれど、真里菜が注文したというそのお菓子を食べないわけにはいかないので、用意してもらっていたデザートフォークを手に取るのだった。
*・*・*
佐東真里菜には、少し困った体質があった。本人としては困った以上の『貧血体質』なのだけれど、周囲はあまりそう思ってくれない。
貧血なら食事改善とか服薬でなんとかなるんじゃ、とか勝手に言われたりすることが多い。生まれつきの体質なので、どうにもならないと思うのに……周りは多少気にかけてくれる以外は自分でなんとかしろくらいの意識しかない。
などと、貧血で辛い頭痛や脱力を経験するたびに、どうしても思考がマイナスに向かってしまうのだ。
大学に入学しても似た感じで、今年で三年目にもなるが友人にも『大丈夫』以外似たり寄ったり。この体質のままでは、就職活動もままならないと思って……内定目的もあって、インターンをいくつか受けてはいたが、雑務以外がうまくいかずに踏んだり蹴ったりな感じだ。
「あ~あ。貧血さえなければ、色々できたのに」
学校の体育も、ほかの運動も控える以上に医師からドクターストップを受けるくらいに何も出来なかった。おかげで、万年運動音痴などと勝手なあだ名がつくくらい。それは今も気にしているが、出来ないものは出来ないので仕様がないのだ。
しかし、ここ最近は新薬の調整もうまくいったおかげか。徒歩で軽い外出をするくらいは日課に組み込むことが出来た。もっとはやく出来れば、と思うも難病解決に比べれば真里菜の体質はそこまで重症じゃない。
だから、少しずつの改善でいいのだと思いかけ、今日もインターン先でのおつかいを頼まれたのだが……外気の高さですぐにふらついてしまいそうだった。その日の服薬はまだ次のタイミングが早いので飲めない。
しかし、倒れると思ったときに……誰かが受け止めてくれた衝撃と同時に軽やかな鈴の音が聞こえてきた。
チリン……リン。
意識が浮上したときには、涼しい室内にいた。どこかお店の中らしく、タオルの上に寝かされていた真里菜の顔を誰かが覗き込んでいるところだった。
「……起きましたね。改めて、いらっしゃいませ」
小さな女の子に見える、女性だった。声が自分よりも少し年齢差を感じたので勝手にそう思っただけだが。起き上がろうとすれば、彼女が手を貸してくれたので上体だけにしておく。
「……お菓子、屋さん?」
大きなガラス窓の側には、テーブルセットがあって真里菜の荷物が置かれていた。壁側には会計カウンターとガラスのショーケースが。ショーケースの中が少し見えて、中には細工が美しいケーキなどのお菓子が入っている。甘いものに目がない真里菜は、すぐに食べたい意欲が出てしまうがまずはお礼を言おうと立ち上がることにした。
「助けたのは、私ではないので。店長を呼んできます。席に座って構いませんので」
「あ、はい……」
可愛い顔だが、少し不愛想なのか。す、っと立ち上がった店員の彼女はバックヤードに行ってしまい、『店長』と声をかけてから中に入ってしまった。
仕方がないので、言われた通りに席に座ることにしたが……リクルートスーツには破れもなにもないので、助けてくれた店長とやらがすぐにキャッチしてくれたかもしれない。勝手に男性かと思っていると、コックコートを着た男性パティシエがすぐに来てくれた。
「起きれてよかった。あれくらいの介抱しか出来なかったけど、大丈夫だったかな?」
なかなかに好みのイケメン。少し渋めの声も好みだ。それはいいとして、この男性がたまたま店の前に出ていたので介抱してもらえたことに感謝した。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
「よかった。顔色まだ悪いけど……」
「ご心配には及びません。生まれつきの貧血体質なので」
「あ、そっか。だから、あの注文」
「え?」
「若葉くん、準備できたかい?」
さっきの店員を呼ぶと、ちょうど用意していたらしいトレーには半円状のムースケーキとアイスティーらしきグラスが。
お茶できるのはうれしいけれど、真里菜はいきなり倒れた以外に注文をした覚えがない。意識が混濁している間に何かつぶやいたとしたら、めちゃくちゃ失礼なことを言ったのではと思った。
「お待たせいたしました。血染めのカシスムースです」
「はい?」
ネーミングセンスがいまいちな内容の割に、見た目はショーケースの中身と同じくらいに美しいケーキだった。真里菜の前に、皿とグラスを丁寧に置いたあと彼女はまたバックヤードへと下がっていってしまった。なにか気に障ることでもしたのかと思いかけたが、パティシエの店長が目の前の椅子に座っている方にびっくりした。
「大丈夫。代金は今も発生しているから。あ、財布から抜き取ったじゃないので、ご安心を」
「え、その。どこが安心?」
「その『貧血』の『痛み』そのものが代金だからさ」
「……『痛み』?」
「うん、そう。だから遠慮なく食べて欲しい。ここはそういう『システム』と思っていいよ』
「……ほんとに、詐欺じゃなく」
「だったら、もっと酷い方法に誘導しない? けが人の子に」
「……そう、ですね」
これも誘導のひとつじゃと思うのだが、目の前の美味しそうなケーキを食べたい欲望に勝てず。
真里菜は添えてあったデザートフォークを持ち、そっと割るように切り込みを入れるのだった。
次回はまた明日〜




