第30話 ココロ願うほどのトリュフチョコ②
いきなりかみ砕くことはなく、その客はまずノーマルのトリュフチョコレートをころんと口の中で転がしていた。
表面は甘さゼロのカカオパウダーだが、それを好んで舐めるのが好きなのか口元が緩んでいた。
その反応に、少しほっと出来た真宙だったが。かみ砕くような咀嚼音に気づいた頃には、客の目じりまで緩やかに下がっているのを見てびっくりした。
ミステリアスのようでいて、意外と食に熱いのか。食べ物に執着するように見えないが、それがこの客の抱えている『痛み』かもしれない。身体機能とかではなく、内面。つまり、『精神の中』などに。
「うんうん。くどくない甘さとビターのマリアージュは悪くない。飲み物……あれ、ない?」
「はは。あんたが欲しくなるくらい美味かったか? 俺ん時は飲み物なしだろ?」
「これはペアリングが欲しくなるって。若葉、ブラックコーヒーでいいからちょーだい」
「……わかりました」
「相変わらずの無愛想」
「本人の前で言わんでくれよ……」
「まあ、顔とかは可愛いけど」
「そうですか!」
と、あらかじめ用意していたにしても早いスピードで若葉は客の前にコーヒーカップを強めに置いた。相手は気にしてないのか、けらけら笑うばかり。意外と笑い上戸かもしれない。
ひと口飲めば、ほ……っ、とした顔が見れたが女性のようにも見えて真宙は変なときめきが身体を駆け巡った。恋愛感情とかに疎いわけではないが、男にも見える相手に惚れそうになるのはなんだか、不思議な感じがしたので真冬の寒気に似たのだ。
「いいね。甘さを適度に引き締めてくれるし、こっちの抱えてた『痛み』が洗われる様だ」
「まーた、相当引き受けていたのか?」
「そりゃね? ここから引き離すのがこちらの役目でも……大我ほどじゃない」
「お役目ご苦労さん」
「ふふ。……弟子くんの名前、聞いても?」
「あ……、え、加賀谷真宙です」
「いいね。天の字を感じる」
「? 僕、字は言ってませんが」
「この客にはバレバレなんだよ、真宙。この『土地』も含めて、全部な?」
「所有者の一族なんでね。請負人のひとりなのさ」
と言いながら、もうひとつのトリュフチョコレートを口に入れる。今度はすぐに噛んで味わいを楽しんでいるのか、目じりがさらに下がった気がした。
「及第点、だろ?」
「いいね。『痛み』の具合もなかなか……大我の引退、早いかもしれないな」
「おいおい。俺まだ数年程度だぜ?」
「だが、決めるのは『土地』だ。この子は感性が非常に強い」
「……やっぱりか」
「あの……僕、なにかしました?」
なにを言っているのか、契約内容に関係する話題だと理解が追い付かず。若葉の方を見ても、肩を落としているだけ。
なにやら合格点はもらえたようだが、この『土地』については説明があやふやなままなのだ。今も。
だからこそ、知りたかった。
客に質問すれば、残っていたコーヒーを飲み干すようにカップを煽っていた。
「いいかい、真宙。人間だけが知性を持つ存在だと断定しない方がいい。有限なのは自然界も同じなんだよ。この店を象っている『土地』はまさしくそれ。幽霊とか化け物じゃないから、そこは安心していい。むしろ、神聖なものだ」
「……神社、みたいな?」
「簡単な例えだとそれかな? 君は来るべくして、最初は客として辿り着いた。しかし、『土地』に見出されて……停留するのを求められた。この『土地』を浄化するための役目を背負う者として」
「その支払いが……『痛み』なんですか?」
「理解が早くて結構。そう……縁が深すぎる人間が立っていても、また増やすだけになるんだ。『土地』の分岐点ばかりをね」
この客が関係者ではあっても、本質的に『土地』が浄化とやらを受け入れないらしいのはわかった。しかし、大我や真宙のような『痛み』を多く抱えた人間の方が適しているらしい。適材適所とも言うが、制約がかかった人間の方が適任なのが不思議だ。
「あと数年かよぉ。俺、せっかく夢見た城を手に入れたのに」
「残念残念。真宙ほどの逸材は少ない。どーせ、こっちを納得させるのに焚きつけたのだろう?」
「あちゃ~、しまった~……」
「あの……お客さんはなんとお呼びすれば?」
「ああ、言っていなかったかい? 私はここの理事みたいな人間で、桐生千景という。こっちの大我と同じくらいのおばさんだよ?」
「えぇ!?」
若々しくて、とても壮年の世代には見えない。しかも、女性というのがさらにびっくりした。先に失礼な質問をせずに済んでよかったが、千景は支払いを何度も繰り返しているので……そこからは、この『土地』の管理者の一族について教わることになったのだ。
*・*・*
「久しいね、真宙」
「千景さん。またいきなりですね……」
ドアベルが表で鳴るかどうかのタイミングで、店内にいた真宙に呼び掛けた声。かなり久しぶりの来訪にびっくりもしたが、外見もほとんど初対面から変わらないでいた。
手にはなにか紙袋を持っていたので、どこかの店のを『再現』してほしいお願いかもしれない。
「あら。理事さん来たの?」
昔もだが、今も千景に対して無愛想な若葉はたまたま裏に回っていたので、表に出てくるとげんなりとした表情に変わる。同じ女性として、本能的に苦手なのが露骨に表情に出てきたのは八年前も割とすぐだった。
「いやだねぇ? 上司に対して、その態度」
「昔から知っている親戚のおばちゃんみたいな相手にはいいの」
「はいはい。私がそうしてって言ったしね? 真宙、これはあとでいいが……近頃、『土地』がいい反応をしているね? 候補者が出てきたのかい?」
「……相変わらず、情報が早いですね」
「ここの仕組みを切り替えてくれたおかげで、スムーズ過ぎるくらいさ」
大我が唯一所持していた、『代金収納』用の星型の留め具。あれ以外にも、千景の所有物をいくつか拝借して『様子見』や『研修』をしてきたことで、その情報が千景本人に伝わるのも早いのだ。
媒介、と聞こえはいいかもしれないが、インスピレーションが特に強い人間にはこの『土地』には合わない。だから、千景は時々しかここに『痛み』を分け与えられないとされている。そんな一族だとは昔から聞いてはいたが。
「僕の身内からひとり。若葉くんの次……が、まだまだ難しいですね」
「奪い合いとならないように、当主を根付かせたのは私の代からだが……君ほどの逸材はまだまだ引退は早いかな? 今日はこれを茶請けにして、休憩はどうだい?」
「千景さんの時しか、この手は使えませんからね?」
『痛み』を分け合う者同士、『土地』が要求しまくる『こころ』のダメージとなるものは……管理の一族が間にいないと出来ない行動。千景へのトリュフチョコレートとなったあのチョコを若葉が試食で食べなかったのも、この繋がりが出来ることを本能的に察知したかららしい。
その直感力を引き継げる女性もしくは男性の接客担当は、なかなか次世代は見つけにくいのだ。
次回はまた明日〜




