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真心スイーツとは、あなたの『痛み』が代金です  作者: 櫛田こころ


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第28話 骨折にはスイートポテトタルト②

 まずはスイートポテトの部分を。どっしりと重いそれをひとすくいし、口に運ぶ。予想よりも濃厚で滑らかなスイートポテトに舌鼓を打ってしまう。拓実のこだわりだと、このまま食べ進めてもいいのだがペアリングとなる飲み物を挟むと幸福感が高まる気がするのだ。


 用意されていたのは、香りが穏やかなホットのストレートティー。ほんの少し口に含んだだけで、紅茶の渋みが甘ったるくなった舌を整えてくれるよう。甘党なら、ここに砂糖とミルクを足してさらに甘さを楽しむが……今日の拓実は純粋に、このケーキを味わいたかったので入れなかった。



「……美味しい」



 タルトの部分が崩れてもいいと思ったが、結構しっかりめだったのでかつんと割っても破片があまりちらばったりしなかった。スイートポテトといっしょに食べてみれば、香ばしいサブレにも似た触感にまたもや舌鼓を打つ。


 体を動かすと甘いものがほしくなる傾向から、拓実ももれなく甘いものを欲してしまう。ケガは嫌だが、こんなにも美味しいケーキに出会ったのは久しぶりなので持ち帰ることが出来ないのがもったいない。松葉杖を両方使うので手が空かないからだ。しかし、場所はあとで調べ直せばまた来れる。


 そんなことを考えながら食べ進めれば、終わりはあっという間に来てしまうもの。


 残しておいた紅茶で喉を潤せば、最後のひと口まで美味しいと再認識できたのだった。



「気に入ってくれたようだね?」



 向かいに座っていたのに気づかなかったが、パティシエの店主はにこにこ笑っていた。客の反応を見るためにしても、気づかず夢中で食べていたことが少しばかり気恥ずかしい。


 とはいえ、このイケメンに見られていたことに嫌悪感は特になかった。



「……その。すっごく美味かったです」

「本職だからね? それなりに自信は持っているとも」

「すごいなあ……。甘いもの好きだけど、作るのからっきしだし」

「手作りもいいもんだけど。どうしてものときはプロにお任せが一番だからね」

「……プロ、かぁ」



 あの専門学校に入ったのは、ダンス以外だと手に職がつかない理由で選んだようなもの。だけど、音楽にはもとから興味があったので、デバイスなどの媒体をいじることが好きだった。


 その『好き』を今更だが思い出すことが出来た。PVもだが、もう少し勉学意欲の向きをきちんと見直したらいいのではと思える。意気消沈になっている時間はもう終わり。治療はきちんと進んでいるのだから、次に向ける『なにか』を形にするのもいいかもしれない。音楽に興味があるのなら、PCで作成などいくらでも出来る時代なのだから。



「……『痛み』、解決ってとこかな?」

「え?」



 なにかぽそっと聞こえたような気がしたのだが、耳に届いたドアベルの音で意識が遠のいていく気がした。


 次に意識が戻ったかと思えば、松葉杖はもうなかった。というか、あれは少し前に完治したケガだ。音響監督の道を真剣に考え込むようになった拓実は、ダンサーの活動はほどほどにして音楽作成に少し意欲を向けるようになったのだ。出来上がった曲は、サークルでもそこそこ使ってもらえるので毎回作り甲斐がある。


 いつからきっかけが、と思ったそれを夢で思い出したのか。作業中に椅子で寝ていたため……夢を通じて、その風景を思い出したのかもしれない。だが、この近辺にあの店と同じ洋菓子店の名前はどこにもなかったはずなのに。



「……『痛み』か? まあ、ケガしてたけど」



 支払いは結局バーコード決済の履歴もなにもなかったので、実際に食べたかもあやふやだった。しかし、夢を通じて『美味』と感じた感覚はまだ思い出せる。ファンタジー要素があるかと言えば、あるかもしれない。しかし、今気にしても二度と行けないのであれば……このあと、クラスメイトと出かける約束があるのでコーヒーショップの限定スイーツでも食べるかと決めることにしたが。


 ふいに、あのドアベルの音を思い出したので、いい曲が出来ると切り替えた雅人は。そのクラスメイトからの呼び出しがあるまでかなり作曲に打ち込んでしまい、大層叱られたのだった。




 *・*・*





 一歩間違えれば、人生の転機を左右する事態になっていたかもしれない。


 無事に、彼の人生書き換えの邪魔をせずに済んだとわかった真宙は、今日作っていたのは紫芋のスイートポテトタルトだった。これは、若葉が食べたいからとリクエストしてきたため。



(道筋はいくらでもあるけど。一本に絞るのは難しい。僕だって、それは同じだからね)



 卵黄のドリュールをさっと塗り、オーブンに入れる準備をしていると若葉から『はい』と休憩用のお茶を渡された。今日はダージリンなのか香りが穏やかに感じた。



「見込みのある子も、この前はダメだったわね?」

「……松葉杖の子かい?」

「センスはいい感じだったけど。『痛み』を長く支払っても、研修には引っかからなかったし」

「仕様がないよ」



 拓実はヒカル並みに感性が鋭く、次世代への見込みも強かったが。彼らが同じ道を歩むとは限らない。そのため、研修も兼ねて見守ってはいたが……ヒカルとは違い、自分が最初に決めた道をしっかりと歩んでいた。あれでは、勧誘したところで断られるのがオチというものだ。



「ヒカルくんだっけ? あのあと、全然来ないけど」

「あの子の支払いは特別だったから……研修も『見れない』」

「だと、ほぼほぼ決定?」

「どのタイミングで来るかわからないし……『土地』の指示を待つよ」



 同じ時間の路線にいるようで違う『土地』。


 ほしいほしいと呼び込む『痛み』を抱える客たちのために、この店を構えたのは先代だが。それまで放置され過ぎて『事故物件』とやらで忌避されていた場所。


 そんな事実をヒカルやほかの誰かが受け入れれるかまだわからない。真宙は職を得たいがために頷いただけだったが、この店の事情を先代から聞いたときにはいくらかびっくりしたものだ。


『土地』の底の底に埋まっている正体を知った時にはちょっと逃げ出そうとは思ったくらいに。


 それを次世代に伝えていいかを決めるには、ヒカルくらいの子にはまだまだ外で立派に成長してほしい。それを今は願うだけだ。



次回はまた明日〜

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