第27話 骨折にはスイートポテトタルト①
会計を済ませてもいないのに、注文を受けたというケーキセットが目の前にあった。
ピースではなくミニホールサイズのスイートポテトのタルト。表面の卵黄液が焼いたことで黄金に似た輝きを見せてくれている。
秋に近くなったことで、どこのケーキ店にも好物のそれが並ぶのを見て喜びそうになるも……今抱えている体の不自由さで、しょっちゅうは通いにいけない。それを叶えてくれたこの店は、拓実のことをどう扱いたいのだろうか。
かかとを骨折し、慣れない松葉杖で道を歩いていたときに……転げそうになったら、受け止めてくれたのが目の前でにこにこしているパティシエの店主。
この男性の言うことが本当であれば、金銭じゃない『なにか』で雅人は代金を支払ったのだろう。それなら、夢でもなんでもいいかと用意されていた紙おしぼりの封を開けた。
*・*・*
けがをした。それは別に普通のことなので気にしない。
しかし、拓実のけがをした場所がよくなかった。神経こそ傷がなかったものの、かかとの骨が全治二ヶ月以上もかかる骨折をしているとの診断を受けたのだ。
強く踏んだ拍子などで、そこを骨折したにしても運が悪いと思うしかない。拓実はメディア系の専門学生だが外部サークルでダンスを嗜んでいる人間だった。そこそこ期待されているダンサーだったのに、足は命なのも当然。二ヶ月も安静にしていなくちゃいけないのは、ブランクが出来ると同じくらい辛かった。
(大会辞退もしょうがないし……無理して復帰出来ない方が怖いもんな?)
輝かしいタイミングを逃したと言われれば、当然ショックも大きい。しかし、きちんと直してリハビリも頑張れば、次のチャンスがあると自分に言い聞かせるしか出来なかった。
だからここは、しっかり休もうと映像編集の授業にも打ち込み。せっかくなら、とサークルのPV作成をしてもいいか、サークルのリーダーに聞けば快く承諾してくれた。
「拓実、カット割りとかうまいし。期待してるよ」
すべきことができれば、あとは無理しないこと。それを念頭にしていても……結局は暇を持て余していることに変わりない。下手なリハビリをすれば、靭帯などに影響が出るらしいから家で安静にしている時間もスマホを触る以外特になかった。
編集の方は学校にいる時間で事足りるから、基本暇なので仕様がない。
最初の半月はそんな生活を繰り返すしか出来なかったので、その後は松葉杖の練習をもう少し増やすのに……カフェ巡りをときどきすることにした。バイト代はけがの前に少し入っていたので、少しの余裕があった。
ダンサーの前から甘いものはそれなりに好きだった拓実は、芋や栗とかが特に好きでいた。ほっくりしているのもいいが、乳製品と合わせたことで滑らかな舌触りになるそれも。早いと夏の旬と謳うかぼちゃのスイーツもあったりするが、拓実としては秋口から増えてくるさつまいもスイーツが特にやめられない。
焼き芋にも、いろんな品種が増えて専門店なんかが出来たりするが。個人的にはスイートポテトが好きだった。あの滑らかさが和菓子の茶巾絞りとも違うので、拓実は好んでいる。いつものところにまずは行こうと、松葉杖をしっかり動かしていると石につまずいたのかかつんと先端が当たってぐらっと横に倒れる感覚が。
「げ!?」
利き足を骨折しているので、逆の足では踏ん張れない。むしろ、倒れた方が負担が服ないと思い、流れに任せて衝撃を覚悟したのだが。
チリン……リン。
秋に入ったばかりか、まだどこかに風鈴が掛けられているのかもしれない。心地よい音色に聞き入りかけたが、倒れるどころか体格のいい男性に杖と体を支えられていると気づいたときはびっくりどころじゃなかった。
「危なかったね。その杖のときは特に気を付けていなくちゃ」
ひと回りくらい上の年齢だろうか。かなりのイケメンボイスに、あの風鈴の音以上に聞き入りかけてしまう。礼を軽く言うと、男性が気を付けながら立たせてくれたので、杖もきちんと持ち直すことが出来た。かかとだけ骨折したが、両手とも杖じゃないと動きにくいので転げると一大事なのに反省。
「ありがとうございます。……えと、パティシエさん?」
服装を改めてみると、清潔感のある白のコックコート。下はすっきりした黒のズボンがよく似合う。こんな服装の似合う男性に憧れはするものの、雅人の将来の夢は音響監督だと決めているので服装は特に気にしない。今も、秋物の適当なシャツにジャージ素材のズボンだ。骨折した箇所に負担がかかるのでこんな格好も仕方ない。
「そう。そこでお店をしているんだ」
指を向けたところは、角からだと見えにくかったが白壁が綺麗な洋菓子店。看板には『ル・フェーヴ』とフランス語みたいな名前が可愛らしい。大きなガラス窓の向こうにはテーブルセットひとつに、ガラスのショーケースが見えた。おそらくだが、イートイン出来るのだろうと見た。
「あの。お礼……というか、店探してたんです。食べに入ってもいいですか?」
「もちろん。若いお客さんは大歓迎」
木の扉をゆっくり開けてもらえれば、さっき聞こえた風鈴の音が。どうやら、ドアベルの音にそれを使っているようだ。
「いらっしゃいませ」
ショーケース横の会計カウンターに、小さいが店員が一人。目は合わなかったが、軽く会釈してくれたのでこっちも返した。イートインする前提だから、とまずはショーケースを覗き込んでみたが……どれもが、見本にしても細工が丁寧で美味しそうなお菓子たち。
どれにしようか非常に悩んだが、肩を軽く叩かれたので顔を上げれば……さっきのパティシエが窓際を指していた。
「注文はもう受けているから、席で待っててくれるかな?」
「え? 俺、まだなにも」
「君を見てピンときたものがある。お代ももうもらっているから、少し待ってほしいんだ」
「は?」
まったく意味が分からないと思いながらも、店主らしい彼にうまく誘導され……杖も床置きでいいからと席に座らされてしまった。すると、ほぼ同時に店員がトレーにケーキセットを乗せて、こちらに持って来てくれたのだ。
「お待たせいたしました。繋ぎ目つなぎのスイートポテトタルトです」
「ん??」
ネーミングセンスはいかがなものかと思ったが、テーブルに置いてくれたそれは……切り分けたものではない、単体のスイートポテトタルトだった。ホールケーキをカットしてフィルムが張られるそれではなく、小さいがどっしりと重いクリームで彩られたタルト。
表面は卵黄の液できらきらと黄金色に輝いている丁寧な仕上がり。これは、今まで食べた中でも期待値がとても上がる逸品だ。
「おじさんの自信作だから、召し上がれ」
「……じゃあ」
キャッシュレスとか何も手続きしていないのに、本当にタダ同然で食べていいのか気にはなりつつも。好意で食べさせてくれるのかもしれないと思いながら、置いてあった紙おしぼりの封を切り、まずは手を拭く。
そのあとに、大きめのデザートフォークを持ち、幸せの時間のスタートだと言わんばかりに切り込みを入れた。
次回はまた明日〜




