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【完結】真心スイーツとは、あなたの『痛み』が代金です  作者: 櫛田こころ


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第24話 手荒れには葛切り②

 落とさないように口に運び、ちゅるんとすすれば……ひたすらに甘いのとくにゅんとした噛み応えが楽しいそれを、ひと口では物足りなく感じた。ラーメンのようにすすりたいところだが、あまり量がないので、ひと口ずつゆっくり味わうけれど。


 くちゅくちゅ、噛んでいくうちに黒蜜独特の甘さと香ばしさが交互に来て……次がほしいのを止められない。飲み込めば、食道を流れるちゅるんとした快感が心地いい。


 その繰り返しに終わりがくれば、普通なら飲まない残った蜜をごくごく飲み干す。


 終わったあとに気づいたが、飲み物には煎茶が用意されていたので、お代わり欲しさを我慢するのに……ずずっと飲むとまだそれなりに温かかった。



「……美味しかったです」

「物足りなく感じるだろうが、それで全部なんだよ」

「……持ち帰り、したくても?」

「うん。うちの店は基本的にテイクアウトないんだ」

「ショーケースのは?」

「サンプルじゃないけど、基本的に見本用」

「……すげぇ」



 わざわざ見本のためだけに、あれだけの品をそろえることもだが。


 それを苦に思っていない店主の心意気も素晴らしいと思えた。ということは、基本的になんでもひとりでやりくりするのか。調理も、洗い物も。



「和菓子は先代も作っていたけど。葛切りは僕の好みでもあるんだ。今回のは本物の葛粉だよ」

「あ……だから、なんか余計に美味かったんだ」

「けど、値段は気にしなくていい。……相応の『痛み』を代金にもらったんだ。ご賞味いただきありがとうございました」



 と、なぜか礼を言われたあとに、あの鈴の音が。チリリン、と長く耳に残るなと思ったら達樹が立っていたのはあの洋菓子店ではなく……なぜか、薬局だった。しかも、ドラックストアの方に。



「……夢?」



 にしては、葛切りを噛んだ触感や蜜の味はきちんと覚えている。白昼夢にしてはリアル過ぎたので、少しばかり不思議に思うも……バイトで少し疲れて、ドラックストアまで歩いてきたのだろうと思い直すことにした。


 手荒れを見てみると、痛みは感じないがアカギレはそのままだった。



「けど。やっぱなんとかしたいな……」



 とりあえず、店の中に入って販売員の資格保持者から懇切丁寧に説明を受けてから選び直すことから始めてみた。


 かゆみの具合。使う洗剤の種類などと。


 色々試した結果、ひとまずこれというものが決まったら次のシフトのときには上司にもちゃんと相談してみたところ。



「あ、そっか。アレルギーなら申し訳なかったね? 備品にいくつかゴム手袋あるから、使っていいよ。ほかの子にも伝えておく」

「ありがとうございます」



 言いづらかっただけで、言ってよかった。たったそれだけのことで、ほかのバイトにも伝わったのか……まかせっきりでごめんとか大丈夫とか色々言ってもらえた。嬉しくないわけではないのだが、自分も言わないのが悪かったと反省したい気持ちが大きかった。


 苦労をして楽を得るよりも、きちんと言うときは言えばよかっただけのこと。


 それについて、少しばかり恥ずかしかったのだ。稼ぎたい理由だけでバイトを選ぶのもよくないとついでに反省。



(……けど。あの葛切り、もう一度食べたいな)



 あれ以上の職人技に出会えるには、やはりそれなりの料金を支払う店に行かねばならないだろうが。


 手荒れの『痛み』を引き換えに、こちらが多くの『治療法』をもらった身としては……あそこ、『ル・フェーヴ』という店にもう一度は行きたい欲望が出てしまう。それから、手荒れもクリームや服薬を色々変えたことで解消に近いくらい回復し……水場も丁寧に扱えば、素手でも手荒れが起きることはほぼなかった。


 恩人とも言えるあの店主に、ちゃんとお礼を言いたいのに……あのドアベルは、なかなか聞けない。代金となる『痛み』がもう支払えるものがないからだろうか。


 しかし、態と作ってまで行く意味はきっとない。それくらいの礼節とかは、達樹にも持ち合わせていた。




 *・*・*






 少し、贅沢な材料を使ってしまったのに……若葉からお叱りを受けてしまった。



「再来訪ストップくらいは、したの?」

「……しました」



 通常はじゃがいもなどのでんぷん粉から作るのが、葛切りの普通のレシピ。


 それを専門店じゃないのに、わざわざとっておきの本葛から作った葛切りを馳走したのだ。上司と部下の立場は逆でも、先代からずっと接客担当をしている若葉としては怒って当然。『痛み』の代金を少し余分にあの青年からもらったとしても……再来店したい感情を拒むというペナルティーをするしかなかったのだ。


 留め具が光るのを見せないように早めに帰したが、気づかれては質問攻め確実。それくらい、あの年頃の好奇心を若葉がわからないはずがない。真宙も少しやり過ぎたかと反省するくらいだ。



「お父さんもだけど、店長になるやつ……皆甘過ぎ。客のことを考える意気込みはいいけど。再来店も考えなきゃ、次の候補者出ないんだから!」

「……はい」



 次世代候補者は常に考えなければならない。という時期がそろそろ来たので、真宙も次の弟子になる人材を慎重に選んではいるのだ。


 だがそれでも、先代が自分にくれたあの特殊な感動を誰にも味わってほしいという感情が前に出てしまう。それだけではいけないが、この『土地』が望む『痛み』という欲望はまだまだ尽きそうにない。真宙の根っこにあった『痛み』はあの時にほとんど明け渡したので、今はそれほどでもないのだから。



「あんたの従兄弟が、次いつくるかわかんないし。私の方も、候補者ちゃんと選別してね?」

「……そう、だね」



 今日の青年も悪くなかったが、まだまだ社会人経験が不足がちの若い人材だ。籠の中で飼うのはまだ早いから、外で思いっきり学んできてほしいからこそ……弾いたのだ。


 今時の人材は吸収力が早い子もいれば、遅い子だって当然いる。出来れば、どちらからもひとりずつ……と思うのは、真宙のわがままかもしれない。だけど、せっかくの客なのだからとびきり素敵なメニューを提供したいのは店主としてのわがままだと、若葉にはなかなか素直になってもらえないようだ。


 材料などの仕入れについては、主に彼女が先代から引き継いだところを管理しているのだから。

次回はまた明日〜

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