第20話 『痛み』の負荷はアップルパイ②
まるで、出来立てに切り込みを入れたかのように……サクサクしたそれは切っていて気持ちがよかった。真っ二つに切り分けた中身は、リンゴを甘く煮たの以外、黄色のクリームが出てきただけ。
カスタードクリームかな、と落とさないよう丁寧にフォークに乗せてから口に運ぶ。
歯に当たると、サクッとしたのが心地よく刻めて楽しいと思ったほどだ。
リンゴはシナモンが使われていないからか、独特の風味もなく甘いリンゴジャムとカスタードクリームの相性が抜群。ここへ、さらにアイスを……は正解と言わんばかりに、マリアージュが素敵過ぎた。
ひと口ずつ、ゆっくり味わいたいと思う気持ちにまで降下したようで。涙が引っ込んだ若葉はその美味しすぎる父手製のアップルパイを最後のひと口までゆっくりと味わったのだ。
「……ごちそうさま。美味しかった」
「結構練習したからな? お前、母さんの作るアップルパイ好きだったろ?」
「……好き、だったけど」
「真似は出来んからな~」
最近どころか、この父親が失踪したのか疑惑でお菓子作りも遠のいたのは仕方ない。
家ですれ違うことは減ったものの、食卓をいっしょに囲む機会はあまりなかった。会社の経営について、色々口出ししなければいけないことがあるらしく、電話がいきなり来ることも多いのだ。
その理由が、目の前の父の所為と苛立ったこともあったが……この菓子を作る以外の『理由』があるようなので、無闇に帰宅すら出来ないのだろう。
それに、金銭じゃない『支払い方法』がよくわからない。
『痛み』とは怪我とか病気の意味だけじゃない気がした。
「……お父さん。ここにずっといなきゃいけないの?」
「『土地』が継ぐべき次世代を見つけない限りな? 俺の『痛み』をたっぷり吸わせても……お前への手紙が限界だった。俺の娘なら……『客』として来る理由くらいつけれたんだが。まだ帰れん。そこは……すまん」
「なにそれ。そんなに必要な金額」
「一生涯じゃない。ただ、適合者みたいなのが『俺』だっただけだ」
「……お母さんに、言えないの?」
「その手紙。母さんに渡してくれないか? それで納得してもらうしか、今は方法がない」
やはり、かみ合わないように態と言葉選びをしているみたいだ。
帰りたくても、ここにいなくちゃいけない理由はとても大きいのか。『痛み』とやらはなんなのかわからなかったが、ひとつだけ思い出したことがあった。
菓子作りを今平気でしているのはいいものの……父親は治療しなければいけないくらいの糖尿病患者だったのではないか、と。
「……薬、とか。どうしたの?」
「それそれ。『痛み』ってけがとか病気とかをこの『土地』が全部吸い取ってくれてんの。俺の場合……実は全身の血管やばかったみたい」
「……治った、の?」
「まだ全快じゃないけどな? だから、少し行動範囲が広がったってわけ。……若葉も喘息大丈夫か」
「……あれ? ない??」
それぞれの『ケガ』『病気』を代金にすることで、貰い過ぎもいけないからと『菓子』で交換。それを成立させたのは、この『土地』とやり取りした上で父親が決定を下したらしい。それまでは、『認識されない』『見つかり難い』だけの空洞の土地だったそうだ。
「なら、よかった。そこだけ、どうしてもなんとかしてやりたかった」
安心し切った父親の顔を見て、若葉も不思議と安心出来たのはいいが。この父親を連れて帰るにも、事情が深い理由でダメなのはどうしようもない。母を安心させたいのなら、まずは若葉が家に帰るしかないのか。
「……お父さん。ちょっと、色々覚悟しといて」
それ相応の『痛み』を支払えるくらいに、若葉自身がこの店で働けばと決めたのは……自分が社会にとっては爪弾き者だと自覚していたからだ。どうせなら、居場所をひっくりかえせばいいと考えて。
数日後に、あの手紙を使って再来店したときは……母親も連れていけたので、言い合いにもなったがきちんと納得のいくまで話し合うことが出来た。
だからこそ、高校卒業と同時にこの店の経営権利を引き継いだ。そのために、薬菓子の試作を代価にして居続けることを選んだのだった。
*・*・*
あれから、店長は客のひとりだった真宙が引き継ぎ。父よりも素晴らしい薬菓子を毎日のように食べれる至福の時間を得られることが出来た。
父親は真宙へ引き継ぎが終わってからは、もとの会社経営の方に専念し……いっときは、別居状態だった母との同居も無事にできたので問題なし。
『痛み』については、糖尿病の検査をきちんと受け直して『奇跡の結果』をたたき出しても食生活くらいは気を付けるようにしているそうだ。でないと、またこの『土地』に引き込まれて……再就職させかねない状況になる。
真宙がせっかく数年かけて、築いてくれたこの状態維持を覆すなんてとんでもない。
「若葉くん、今日はやけに機嫌がいいね?」
「だって。このアップルパイのグレードアップ版が美味しすぎるんだもの」
ときどき、『土地』に吸わせる若葉の『痛み』のために。ほぼ毎回このアップルパイを真宙にもリクエストしているが……今回も一段と美味しく感じた。サクサク、ホロホロ加減が絶妙で内側のフィリングとマッチしているのが最高過ぎる。
「毎回だけど……先代のレシピとほとんどいっしょだよ?」
「けど、真宙が私にでしょう? 『痛み』の代金分には相応しい逸品」
「……それはなにより」
「次もお願いね?」
「はいはい」
そして、装身具になりつつある星型の留め具は……父が使っていた時以上に、真宙のネクタイに収まり、輝きが止まらないでいた。やはり、まだまだこの『土地』は欲しい『痛み』がさらに増えたのかもしれない。
先日は……また次世代候補者がひとり出てきたのだから。
自分たちで終わりにすることが出来ないのが、少し悔しかったが仕方ないと思うことにした。
次回はまた明日〜




