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【完結】真心スイーツとは、あなたの『痛み』が代金です  作者: 櫛田こころ


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第19話 『痛み』の負荷はアップルパイ①

 吾妻若葉、今年で二十八歳だけれど。外見の関係で声を出さないとどうしても小学生にしか見えない身長の持ち主。


 普段の仕事は、自営業だった父親の店で接客担当のみ。その店も数年前に父の弟子により引き継がれたが、仕事内容は相変わらずそのまま。


 代金を金銭ではなく、『痛み』で支払うなんて最初はなんの噓っぱちだと思った時期もあったが。父親が行方不明になってからしばらくして……辿り着いた店の『客』となった若葉は決めたのだ。


 父親が本業の会社経営を疎かにしてはいけないために、娘の自分が『痛み』の代金を半分以上引き受けることを。


 だからこそ、食べるのを決意した。娘のため、と用意してくれた『アップルパイ』に、ナイフで切り込みを入れて。





 *・*・*






 若葉は小さい。


 名前の通りに、背丈は150にも満たないそのせいでどれだけからかわれ……いじめられてきたことか。だけど、からかわれないように『適度に馴染む』くらいのコミュニケーションが出来たおかげか、中学と高校はそれなりにクラスでは馴染めたと思う。本人としては、女と扱うのなら男でもいいのではypコンプレックスがそれなりにあったけれど。


 ただ、『思う』くらいで、本音のまま交流出来たかといえば微妙だった。なぜなら、二年前からいきなり行方不明になった父親が……また本当にいきなり、『久しぶり』と手紙を寄越してきたのだ。母がいないタイミングだったので開けていいか悩んだが、本当か確かめるためにも……と、開けた途端。



 チリン……リン。



 家のどこにもないのに、風鈴に似た軽やかな鈴の音が響いていく。


 次に目の前に飛び込んできたように見えたのは、小さな洋菓子店の中だった。ガラスのショーケースに会計カウンター。その向こうには、なぜかコックコートを着ている父親の姿があった。



「よ。来たな?」

「……お父さん? なんで、そんなかっこ」

「これか? 似合うか?」

「……似合うけど。いきなり消えて……なにしていたの!? 会社はいいけど、お母さんめちゃくちゃ泣いてたのよ!?」

「すまんすまん。……手紙の中、読んでないのか?」

「これ?」



 今になってざっと読んだが、しばらく帰れなかった理由に『土地に気に入られた』とからかうような言い分が書いてあった。『誰か』ではなく『土地』という変な言い回しを見てから室内をあちこち見ても……ほかに、誰もいない。


 あるとしたら、ここは『夢か何か』みたいな曖昧な空気を感じ取れるくらい。霊感だなんておおよそないが、この中が普通でないことくらい今の若葉でもわかるのだ。さっきから、少し寒気に似たようなものを感じるくらいには。



「そ。趣味の菓子作り程度しか出来なかった俺が。この土地に気に入られて、仕事することになったわけ。向こうとの連携が取れるようになったのも最近だし……会社の方は、綾子ががんばってくれたんだろ? 泣かせたのは、ほんと悪い」

「……ここ、普通のお菓子屋じゃないの? 私が来れたの……変、よね?」

「普通に考えたら、変。だけど、お前の『痛み』に見合う菓子は用意しておいた」



 そこ、と指を向けた先には焼き菓子にアイスを添えた皿が、飲み物といっしょに置かれていた。


 なにか具材を巻いた『パイ菓子』のように見えたが。自分で言っていたように、本当に趣味レベルにしてはクオリティが高いことを知っていた若葉でも唾を飲み込むくらい美味しそうに見えた。


 そろそろと近づけば、ほんのりあったかい焼きたてのパイの匂いに混じって焼いたリンゴの香りも。



「……腕上げた?」

「そりゃ、二年も色んな菓子作り続けていればな? 客にもなかなか好評だよ」

「……ひとりで接客してるの?」

「まあ、それでも。お前のときみたいに『決まったタイミング』しか来ない。あとは、見本用に凝ったもん作っているだけだ」



 座ろう、と窓際にひと組しかない椅子とテーブルのそれに腰かけ。


 カトラリーも既に用意され、いつでもどうぞと謂わんばかりに食べられるその菓子に……手をつけていいかさすがに若葉も悩んだ。


 なにか、意図があって父親は誘拐まがいなことをされた。


 しかし、実際は出歩く制限はあるものの……好きなことをしているように見える。


 普通、ここで娘ならもっと問い詰めることくらい出来ただろうが……菓子の前に座っていると、『出来なかった』。いらだちとか色々抱え込んできたはずなのに、そのなにもかもが『どうでもよくなってきた』と感じてしまうほどに、気が抜けたのかもしれない。



「……食べて、いいの?」

「当然。お前のために、用意したと言っただろう?」



 嘘ではない言葉を信じたい気持ちは、たしかにあった。


 だけど、なにを代償にしてまでこの生活を虐げられたのか。


 それを問いたださなくてはいけないのに、若葉の口からは泣き出しそうな嗚咽が漏れそうなだけ。



「……帰ってきてから、作ってよ」

「……出来なかったんだよ。メールどころか、さっきの手紙すら。俺の『痛み』を代金にしまくっても、『この土地』が許さなかった」

「……意味、わかんない」

「けど。娘のお前が来れたんだ。お前の『痛み』の代金でそれが作れたんだよ。よーやく」

「……あ、そ」



 かみ合わない会話だけど、このパイが若葉のためであるのなら……ちゃんと食べてあげなくてはいけない。


 顔がぐしゃぐしゃになったから、とぽけっとのハンカチで適当に拭き。カトラリーのナイフとフォークを手にして……ちゃんと、美味しいかを確認する意味も込めて切れ目を入れるのだった。


 何層もあるらしい、それの中央にはやわらかな感触がフォークたちを通して伝わってきた。



次回はまた明日〜

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