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【完結】真心スイーツとは、あなたの『痛み』が代金です  作者: 櫛田こころ


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第18話 不可能を可能にしかけたフィナンシェ②

 何故、真宙のそれを忘れていたのだろうか。


 何故、伯父の悲しい気持ちに寄り添えなかったのか。


 息子と同じかそれ以上の不幸を甥が背負ったのを、見たことからの吐露だったのか。


 ここ最近はあまりヒカルの家には来ないでいたが、真宙は一度とて会いに来てくれたことがない。というよりも、ヒカルが小学生を卒業する前から一度も会いに来てくれていないのだ。


 その再会が、この店であったというのに。真宙はただただにこやかに笑ってくれているだけ。



「好きだったろう? フィナンシェ」

「……俺、言った?」

「いいや。思い出したくらい」

「……にいちゃん。呆れた?」

「うん?」

「俺が、こんな体になって」

「全然」

「なんで?」

「……君ほどじゃないけど。僕も、体が不自由だったんだよ。杖が必要なくらい。前の職場はそれで辞めた」

「……え?」



 同じではないが、それなりの理由で職を失った。伯父の言っていた意味がこれで結びついた。立ち仕事が第一のパティシエの仕事なんて、たしかに障がい者は邪魔者でしかないとヒカルでも思うくらいだ。


 なのに、今の真宙は杖すら必要もない体にまで戻っている。


 それなのに、伯父にも会いに行っていないのか。ヒカルにも会いに来てくれない。


 理由はいくらあるにしても、こんな形で再会したのなら……はやく来てほしい気持ちが込みあがり、涙がぽろっと出てしまった。鼻水も拭けないくらいに、酷い顔にも。



「……心配、かけまくってたようだね?」

「だって! おじ、さん……めちゃくちゃ、さびしそうで!!」

「……会いにはいけるけど。ここを離れる理由がなかなか作れないんだ。たまに、電話はしてるよ」

「……俺にも、会い、に」

「ごめんね。まさか、君がそこまで『痛み』を抱えていると思わなかった」

「……痛くは、ない」

「体だけじゃないよ。僕と同じかそれ以上に……泣いちゃって」

「……っ」



 食べたいが、汚したくないのに手を伸ばせない。


 真宙に半分八つ当たりするような物言いになってしまうが、どうしても自分が忘れていたことを謝罪したかった。


 大事な家族なのに、家族を忘れることが哀しい。


 本当の兄弟じゃないのに、兄弟のように育っていた場所からいつのまにか消えていた真宙。可愛がってくれていた彼を、忘れたヒカルがただただ自分の足以上に悔しくてたまらなかったのだ。


 それを『痛み』というのなら、たしかに『痛い』かもしれない。


 涙が熱いと感じるくらいに、心が痛かったのだ。



「……今日は、もうおかえり」

「! なんで!?」



 真宙の言葉に顔を上げたが、靄がかかったかのような視界が揺らいだのと。あの風鈴の音が聞こえてから、ヒカルはどこかに移動していたわけではなく……自分の部屋にいたのだ。車椅子はなく、ただベッドで横になっていただけ。


 出かけていたのが嘘かと思ったが、起き上がって机の上の包みを見ると『あ』と声を上げた。


 洋菓子店らしい、紙袋。鈴のシールがついたそれを、買った記憶はないのでおそらく……食べなかったフィナンシェのはずだ。足を気を付けながら、机のそれを開けるのに移動し。封を開けてみれば、きちんと包まれた焼き菓子がちゃんとあった。



「……真宙にいちゃん、なんで」



 あれが夢であるはずがない。泣いたあとの『痛み』はたしかに感じ取れたのに、なにかをためらってヒカルをこの家に帰した。魔法かなにかにしても……伯父に連絡して、帰宅させた方が普通だと思うことにした。


 それよりも、このフィナンシェの味が知りたい。ふたつ入っていたので、ひとつを半分くらいかじれば……じゅわっとバターの香りといっしょにアーモンドの風味が最高。もぐもぐしていけば、舌の上で蕩けていく感覚が堪らない。昔手作りしてれたそれより、段違いに美味しいことがわかった。



「……美味しいって、直接言いたかった」



 ごくんと、飲み込めば……目じりにまた涙がたまっていく。だけど、悲しい涙じゃなかった。


 ヒカルに、ひとつの目標のようなものが出来たかもしれないうれし涙だったのだ。


 具体的には決まっていないものの、そのひとつに、もう一度真宙に会いに行くことだけは絶対に決めていた。




 *・*・*





「候補決定?」



 若葉に聞かれれば、もう言い逃れはできないと真宙は自分でテーブルの上を片付けることにした。



「父さんにはなんとなく聞いてたけど。まさか、いとこが……ね?」

「よく似ていたわね? 十年近く前のあんたに」

「『痛み』も?」

「『土地』が力を貸すくらい、だもの。再訪許可なんて、普通出さなかったじゃない」

「そう、だね」



 車椅子から杖に移行するくらいの、リハビリのきっかけになれればいいのだが。この『土地』と『当主』を引き継がせるにはまだだいぶ若い。高校生になりたての彼には重すぎる責務だ。ここであの薬菓子を食べてしまえば、『土地』に認められてしまい。代金として『痛み』を支払えば、健常者へあっという間に戻ってしまう。


 しかしそれは、次の店主への修行を決めさせてしまうのも同じ。


 こちら側の勝手で、あんな未来の若芽を摘み取る行為を……身内だからこそ、真宙は止めたのだ。しかし、怪我以上に障がいとして壁になっていた『痛み』を少し緩和するために菓子は持ち帰らせた。


 薬菓子をこの『土地』以外で食べた場合、代金は真宙が支払えばいいので一週間くらい遠出を禁じればいいだけ。マカロンの彼女のときは痛みが余分発生するからのサービスだったため。


 今回は身内が客だったので、真宙がその責務を負うくらい当然だ。



「けど『土地』が逃がしたってことは……次は、私のような候補者探しかしら?」

「あ~……そっか。そう、だね」

「あの子より年上かしら? 年下だと中学生??」

「それは義務教育的によろしくないから……慎重に行こう」

「それもそうね。この仕事、楽じゃないし」



 居場所を持たされても、それ以外の居場所を奪われたような籠の鳥と同じような生活。


 それをあんなにも若い子どもたちに背負わせるのは、やはり出来ないと真宙はより一層気を引き締めるのだった。

次回はまた明日〜

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