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真心スイーツとは、あなたの『痛み』が代金です  作者: 櫛田こころ


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第17話 不可能を可能にしかけたフィナンシェ①

 自分がまだ子どもでしかなかった頃に、聞いたことがある。今までのすべてを諦めた子がいる、と、ぼやいていただけの親戚とやらを……ヒカルは当時『ふぅん』としか思えなかった。


 そこからしばらくして、その当人に会えたと知ったとき。正直驚く以上の感情を覚えた。


 目の前に用意された延べ棒のような焼き菓子が否定しているように見えたからだ。向かいに座った男性がにこやかに対応してくれていても、彼がそんな風に自分へ慈愛に満ちた表情を向けてくれる理由がわからない。


 十年以上会っていなくても、血縁だとわかる似た顔が目の前にあるだけで。それを表現したかのような美しい延べ棒の焼き菓子を見ただけで……ヒカルはただただ泣きたい気持ちになり、肩がすくんで目頭に熱が溜まっていくのを感じる。


 たまたま、通り過ぎただけで。


 たまたま、車椅子が横転しそうになったのを助けてもらっただけで。


 手を差し伸べてくれた相手が、年の離れた従兄弟だったと誰が思おうか。店の菓子を注文した理由なんて思いつかないのに……用意されてしまった、それを食べたくて仕方がない気持ちがあるのが浅ましく感じた。




 *・*・*




 木戸ヒカルは普通よりも、少し問題を抱えている少年だった。


 幼少の頃はなんともなかったが、流行風邪の後遺症で足が付随になったのが高校に上がったばかり……人生が一転どころか三転したかのような絶望感に襲われた。当然、バリアフリーも整っていないし、車椅子で往来を行き来するわけにはいかないので、通信制の高校に切り替えるしかなかった。


 せっかく受験してまで進学を目指したのに、最悪だとやる気を失ったのは当然。


 両親もそんな息子に強く言うことはなく、出来るだけの手助けと言わんばかりに日中の好きなことはだいたいやらせてくれた。と言っても、ゲーム機を購入して遊ぶくらいだったがそれもすぐに飽きてしまった。


 ひと月くらいで飽きてしまったので、いい加減車椅子も扱えるようになろうとリハビリテーション病院でなんとか技術を物にした。買い物とか買い食いくらいの小遣いは持たされていたので、日中の憂さ晴らしくらいはこれでいいだろうと決めるも。


 二本足ですたすた歩く、普通の往来を見ているとまた虚しくなってしまう。杖の歩行訓練もしなくてはいけないとわかってはいるが、それにはまだ足の筋力が足りないと言われているので車椅子なのだ。



(あ~あ……人生一気にどん底)



 何度この言葉に行きついたことか。死ななかっただけマシだと思うとか勝手にいう人間もいるだろうが、いっそ死んだ方がマシな不自由さを一気に背負ったのだ。手と頭はなんとか正常に近くても、引きずって体を動かすのも満足に出来ないのだ。ベッドで横になる以外何も出来ないというのも悔しい。


 呪いのような愚痴を吐きたくなるのも仕方がないのだ……と、宥められるような声掛けも煩わしい。


 出来るだけ大通りではない住宅街を選んで、車椅子で移動しつつも気晴らしになるかと言えば微妙だ。外の空気を吸えば程度の気持ちで出てもよくなかったかもしれない。さっさと帰ろうとギアを切り替えようとしたのだが。


 車輪が石にでもぶつかったのか、車椅子が横に倒れそうになった。



 チリン……リン。



 もう倒れるって、痛みを覚悟したのだが。耳に届いた爽やかな風鈴みたいな音と同時に、動きが止まったように感じたが。



「大丈夫!?」



 夢で何かが止まったとかではなく、正確には大人の男性が横転するのを止めてくれただけだった。お礼が軽く口からこぼれたのはわかったが、相手の顔を見てびっくりした方が大きくてそれ以上出なかった。


 時々会いに来てくれている、母方の伯父。そっくりだけど、歳が圧倒的に若い。他人の空似にしては似過ぎているようにしか見えない彼は誰なのだろうか。



「……おじ、さん?」

「あ、うん? 僕は年齢的におじさんではあるけど」

「違う。……崇司おじさん?」

「あれ? 父さん知ってる?」

「……お父さん? え? 俺、麻沙子の息子」

「……ヒカル、くん?」

「「えぇえ??」」



 いとこ同士の再会となり、せっかくだからと態勢を整えてから……真宙の店だという小さな洋菓子店の中に入らせてもらった。さっき聞こえたドアベルらしき可愛いベルが見えた扉の中は、会計カウンターとガラスのショーケース以外、テーブルとイスがあるだけ。イートインでも二人しか出来ないくらい小さい。



「いらっしゃいませ」



 誰もいないはずなのに、女性の声が聞こえたが。カウンターを見れば、背の低い店員がメイド服よりも上品な制服を着て待機していた。笑顔はあんまりないので不愛想に見えたが、仕事は仕事かと思っているのか。


 しかし、ショーケースの中を見ると高級感のある美味しそうなお菓子ばかりだ。いとこの手製なら、母親に何らかの形でお土産に持って帰るのもいいかもしれない。


 そう思っていると、真宙がこっちにおいでと椅子をひとつどかしてスペースを作ってくれた。



「今用意するから、こっちで待っててくれるかな?」

「え? 俺、まだ何も」

「いやいや。さっきは焦ったけど、注文はもう受けている。……それに、君の話も聞きたい」

「は? どういうこと??」



 ケースの中身も選んでいないし、飲み物も何も伝えていない。しかし、お待ちくださいと言って店員も裏に行ってしまったから……本当なのだろう。とりあえず、移動するだけ移動したがテーブルの高さは意外にもヒカルにはちょうどよかった。


 なにが出てくるか迷ったが、そう言えば親戚の集まりで彼を見ていないなと振り返れば……伯父の言葉を思い出したのだ。少し寂しく語りつつも、ヒカルを元気づけようと言ってくれたあの言葉を。


 なのに、目の前のその息子は諦めた様子はなく、笑顔でいるまま。


 なんだか、ふいに、ヒカル自身から恥ずかしさとうらやましさが同時に込みあがり……泣きたい気持ちがさらに体を支配していく。


 そして、用意された焼き菓子を見て……涙が出そうになったのを、ぐっと我慢した。伯父がお土産にと何度か持って来てくれた細長い焼き菓子。たしか、延べ棒を意味する『フィナンシェ』だったと思う。


 ヒカルが、ずっと昔にも食べた記憶にある菓子。真宙がもっと若くて、ヒカルがまだやんちゃな子どもだった頃に『作ってきたよ』と持って来てくれたお菓子。


 手軽に食べらえれるよりも、絶対に美味しいそれに手を伸ばさないわけがなかった。


次回はまた明日〜

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