第16話 物貰いにはスフレチーズケーキ②
いつもなら薄い切れっ端くらいのスフレチーズケーキ。
隆司の母が好きで専門店でわざわざ買うくらいのそれは、隆司の好物でもあった。ふわっとくちどけがよくて、しゅわしゅわしたような舌触りが毎回飽きが来ないと思うくらいに。しかし、三つ子たたちが生まれて、彼らが食べられるようになると『取り分』が減ってしまった。
ぺらっぺらでないにしても、昔よりは薄いそれにガッカリしたのも一度や二度じゃない。
『お兄ちゃんなんだから』と言い聞かされたときには、頷くしかなかった。三つ子に振り回される母親の大変さを見てきたからこそ、下手に駄々をこねても意味がないとわかった子を演じていたかもしれない。
それが今、待ち合わせ場所に行かなきゃいけないと思う気持ちよりも……小さめでもホールひとつ分のスフレチーズケーキを自分だけが食べられる。その高揚感がどうしても勝ってしまい、フォークでそっとすくってみる。
ホールの周りには、朝食で食べるのよりはグレードが高そうなブルーベリージャムが添えられていたので、そっとつけて口に運べば。あの専門店よりも段違いに美味しいくちどけの虜になった。
「うっま! おじさん、天才!!」
「それはどうも。おじさん、一応プロだから」
「プロはわかるよ!! 俺、ほかの店のも食べたことあるけど、全然違うし!!」
だからこそ、相手に失礼がないようにとの祖父母の教えを少し活かそうとがっつくことはせずにひと口ずつ味わうようにして食べることにした。
中学生だったら、小学生を卒業したばかり……とかからかわれることはあっても、隆司はちゃんとしたとこではちゃんとしようと家族から色々言われていた意味が今わかった気がする。
気軽に誘ってくれても、プロの仕事をちゃんと見せてくれた相手には相応の態度をとらなくては。少し頭が固いと思っていた祖父の言い分が、今ならわかる気がした。合間に飲む、ホットの紅茶はミルクや砂糖なしでもケーキの甘味だけで充分美味しく飲めたのもすごい技だと思う。家だと角砂糖三つ入れるくらい甘党の隆司がなにも入れずに飲めるからだ。
ゆっくり食べても、終わりはいつかきてしまう。
それが訪れたら、きちんと手を合わせて感謝をするのだ。
「大好物のようだったね。作り甲斐が本当にあるよ」
「……また、食べたいです。今度はちゃんとお金払って」
「どうかな? ここへ来れるくらいの『痛み』を抱えるようにならないとだけど」
「え?」
またかみ合わない言葉のあとに、ドアベルの軽やかな音が聞こえたと思ったら……隆司は下校したての学校の前に立っていた。そして、ちょうどと言わんばかりに母親の車が目の前に止まるところだった。
「ほら、乗りなさい。痛み、どう?」
「え、あ、うん。……大丈夫」
白昼夢の中でもいたのか、日ごろゲームのやり過ぎでシナリオが妄想でも出たのかと思ったが……口の中に残った、あの満足感はちゃんと覚えている。
自分のためだけに、独り占めしてもよかったあのスフレチーズケーキ。だけど、今思うと少し寂しい気持ちになったホールケーキは家族と分け合った方がもっと美味しい気になれたからだ。
物貰いの方は、医者に診てもらうと『腫れてないよ?』と言われて鏡を見れば普通のまぶたに元通りになっていたので、母親とびっくりしてしまう。薬もなにも塗っていないし、ガーゼの処置だけで治るものでもないのにと三人で首を傾げたくらいだ。
とりあえず、念のためと塗り薬は処方してもらって帰宅。三つ子たちはクリニックの授乳室で寝ていたが、母とふたりで入ればすぐに起き上がって『だっこ~』とせがんできたのが可愛い。
結局、嫉妬とかしていたかもしれない。こんな可愛い生き物たちにも。ゲームのシナリオとかの読み込み過ぎだと、しばらくは世話の方も多めに担当しようと決めることにした。
それと、家族で分け合うものも大事だと、あそこで学び直した……がもう行けないのも哀しいとは思わなかった。
*・*・*
あの年で達観した考えを持つ人材ではあったが、まだ逸材には程遠い。真宙はジャムの仕込みをしながらそんなことを思うのだった。
「ちょっと生意気だったけど、悪い子じゃなかったわね?」
「お年頃の悩みは普通にあるもんだよ」
家族が好きなのに、家族が嫌になってしまう。他人のそれと比較してしまう。真宙にも、若葉にもそれはあって当然。しかし、あの中学生の隆司はそれが早い段階で目に見えていた。だから、今年は特にその『目』を代償にしかけていたのだ。
『土地』の方が気づくのは早かったけれど、ほしいのは相変わらず『痛み』ばかり。それ以外の『欲しい』には該当しなかったのか、真宙の判断通り元の道に返してもなにも反応がなかった。留め具の光も強い以外、代金を受け取っただけで終わったのだから。
「真宙のスフレチーズケーキの魅力がわかるの、同意者としてはバイトにでも欲しかったわ」
「ふふ。僕の中でも得意ケーキだしね?」
「クリームはお父さんに鍛えられたけど、チーズケーキは最初から上手だったもの」
たまたま好みが同じの同性。歳の差は大きいが、あれくらいの理解者はたしかに手元に置いておきたい。しかし、次の『痛み』を抱えてくることは当分ないかもしれない。彼は頭がいいからこの店の仕組みに近いものは、なんとなく察していただろうから。
「さて。ブルーベリージャムを添えたいのはレア? ベイクド?」
「今日はスフレ! あの子食べてたら同じの食べたくなったわ」
「と思って、冷蔵庫にあるから。僕は久しぶりにショーケースのどれかもらうよ」
「はいはーい」
訪れは多いものの。見合う『痛み』の代金以外、宿り木を変えようとはしない『店』と『土地』。次は果たして、どんな客が来られるかはお楽しみにしておこう。
次回はまた明日〜
今年一年ありがとうございましたー




