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真心スイーツとは、あなたの『痛み』が代金です  作者: 櫛田こころ


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第14話 風邪にはプリン②

 なめらかプリンはほんの少し弾力がほしいと思うのは、亜沙美の変なこだわりだった。


 さらっとしていたら、カラメルと混ぜたときにすくい難いし。固いとごちゃまぜになってプリンの味が台無しになるものだと思うのだ。


 それが今、成り行きで入った洋菓子店で出された理想のなめらかプリンは……見た目以上に理想過ぎて、言葉が出なかった。ひと口食べたあとの余韻が、痛むはずの喉の奥を洗い流してくれるような……そんな、優しさを感じるのだ。



「……おい、し……い」



 卵の濃さは感じるが、あくまで控えめ。甘さも強すぎない。


 しかし、舌触りはクリームより少し固いそれが下層部のカラメルとまじわれば……それが完成形と言わんばかりに、す……っとした終わりを訪れて喉の奥へと流れていく。


 ひと口でこの感覚を大事にしたいと思った亜沙美の手は、この余韻を丁寧に味わいたいと、皿の上のチョコレートも忘れずにひと口ずつゆっくりと味わった。


 食べていくごとに、喉のいがいがや咳き込みが落ち着いていく感覚がある。


 飲み込むたびに、胃だけではなくほかの臓器も喜びを感じているような幸福感に満たされた。この至高とも言えるなめらかプリンは、今までのが偽物だと思えるくらいに優しくて食べやすい。


 しかし、食べ物なので儚いのも当然。


 終わったときには、まだあたたかかったカフェオレをゆっくり飲み干してから手を合わせた。



「気に入ったようでなにより」



 店長はずっと見ていたようだが、不思議と家族や知人以外に見られていても恥ずかしいとか嫌とかは思わなかった。



「あの! すっごく美味しかったです!! 今まで食べたのよりずっと!!」

「それはよかったよ。おじさん、作り甲斐があったね」

「ほんとに……美味しくて。また、食べたいくらい」

「うーん。それは約束できるかわからないけど……いい思い出にはなったんじゃない?」

「思い出?」

「『痛み』の代金分、ちゃんと大好きなお菓子を喜んで食べてもらえたから……ね?」

「え?」



 もっと意味が分からないでいると、あの風鈴の音に混じって何か叫ぶ声が上から降ってくるように感じた。


 ふ……っと、上を見てみれば焦った顔見知りのクラスメイトたちがあった。背が固いと思っていると、なめらかプリンを食べた洋菓子店にいたのではなく、亜沙美が本当にいたのは……なぜか、大学の医務室だったのだ。



「大丈夫!? 廊下で倒れてたんだから!」



 二限のあとに帰りなよと言っていた彼女とすれ違ったあとだったそうだ。三限目に行く前の生徒らの前でいきなり倒れ、男子生徒の何人かで運んでくれたらしい。医務室の保健医は今、処置のために薬を探しているそうだ。



「……ごめん。帰ろうとしてたんだけど」

「あたしも悪かったよ。そんな酷いもんだったなんて」

「でも、亜沙美ちゃん。『プリン~』とか寝言いってたよ? 買ってこようか? 薬飲むのにすきっ腹よくないって聞くし」

「この子、プリンのこだわり凄いから。なめらかプリンしか買わないのよ」

「え? 購買にあるかな?」

「いいよ」

「「え??」」

「選んでくれたのなら、なんでもいいよ」



 こだわりがあるのはたしかだが、せっかく選んでくれたのを無碍にしたくはない。


 それに、たしかにあの至高のなめらかプリンを夢の中でも食べられたのなら……しばらく、市販品は食べられそうにないのだ。思い出の味、とあの店長が言ったのならたしかにそうかもしれない。


 現実であれだけ美味しいものを、今度は自分で作ってみるのもありだが……今は薬が優先だ。


 喉の痛みや咳はないが、治りかけが怖いのできちんと薬は飲もうと友人に買い物を頼むことにした。





 *・*・*






「あ~……ちょっと、怖かった。幽体離脱」



 亜沙美の姿が完全に消えたあと、真宙の後ろにこそっと移動する感じで若葉がカウンターから出てきたのだった。



「はは。久しぶりだけど、『食べたい』の意識だけでここを見つけるなんて……ね?」



 真宙も内心、少しひやひやしていたのだ。風邪よりも肺炎に近いそれで倒れた亜沙美の『意識』だけが店の前に辿り着き。あのプリンが食べたいという気持ちそのものが『痛み』となり替わりそうで危険すぎた。


 しかし、なるべく丁寧に優しく誘導してあげたことで『代金発生』が動いてくれたこともあり……『土地』が彼女の時間をゆっくり止めて、食べ終わったら元の身体へと戻してあげていた。



「次世代有力候補? ああいう子って」

「可能性は高いけど。プリンだけじゃ……ね?」

「まあ、作ろうと思えば趣味でも作れるし?」

「そういうこと。けど、弟子希望であれば……いつか、生身で辿り着くかも」



 たしかな舌と、たしかな味覚センス。それらは弟子への条件に当てはまりはするが、たった一品だけでこの店と『土地』へ明け渡す『痛みの代金』には難しいラインだ。真宙は抱えていた『痛み』の量以外にパティシエの希望者という逸材で先代に見込まれたから……運がよかったとも言えよう。


 まだ大学生くらいだし、先の職業を簡単に見つけるのは早いかもしれない。意識で覚えている味に辿りつきたいのなら、もう一度ここに来れる可能性はあるが……覚悟を持って、継ぐ意思がないとダメだ。


 真宙のように、人生の半分以上の『大事な痛み』を捨ててでも引き受けていける存在に……簡単な志とやらで受けてもらってはいけない。


 それに、先代の娘の若葉の舌を唸らせるほどの薬菓子に仕上げなくてはいけないリスクも背負うのだ。万が一の保険とも言える、助手とて若葉の次を探す必要だって出てくる。


 ひとりでふたつ。ふたつをひとりで。


『見つけにくい』場所にもなっているここへ、あの女子大生が『痛み』を抱えてまたやってくるかどうか。個人的には心配にはなるが、為せば成るともいうので深く考えないようにするしかなかった。



「でも、風邪だけで……って、こわ。生姜レモンで夜あったまろ」

「あ、僕も飲みたい」

「はいはい。あんたは多めね。うちの頭だもの」



 そして、二階が住居なので。部屋は別だが、ふたりもウィルスには勝てないから気を引き締めることにしたのだ。流行病はともかく、通常の風邪も怖い怖い。

次回はまた明日〜

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