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白が蝕む胃袋

 おれ——斉藤亮司がSENAと出会って、かれこれもう二年になる。


 大学卒業後、おれはモデル事務所に就職した。以来マネージャー業をしているが、担当モデルは軒並み閑古鳥を鳴かせている。

 加工やAIの補正でどうとでも化けるスチールモデルに、今や求められる質は高くない。需要に対して供給ばかりが増えているのが現状だ。バラエティ番組やドラマで台頭出来るウリがあるなら……話は別だが。


 そしてなんとなく立ち寄った服飾専門学校の学祭で、おれはSENAを見つけた。

 モデルとしては平均的な身長だし、綺麗なウォーキングを見せるわけでもない。しかしSENAは、ガラス製の眼球を嵌め込んだ人形のようで、舞台上で静かに異様な存在感を放っていた。


 ステージの後、迷わず控え室に飛び込んだ。

 SENAはAI補正や加工なんてしなくても『良い絵になる』と確信していた。


 モデル事務所との契約を打診すると、SENAは条件を提示した。「俺オトコだし既婚者だしおがちゃんの服しか着ないし女装でもいいなら」と。その後「……クロがいいって言うなら」とも付け足していたけど、クロと呼ばれた青年は大変遺憾そうな顔で頷いた。


 中性的な顔立ちをした黒髪の青年と、不機嫌そうな吊り目の白髪の青年。しかしその外見とは真逆に、黒髪はシロと呼ばれ、白髪はクロと呼ばれていた。


 彼らは同性パートナーとして公の制度を利用し、実質結婚しているような関係であるらしい。

 普通に考えればスキャンダルのネタでしかない。扱いを間違えると炎上しかねない。


 しかしおれは、その条件を全面的に飲むことにした。


 もういっそ"全てが謎"と設定してしまえば、話題性が上がる。いける。売れるに違いない!

 ——シロと呼ばれた彼はきっと閑古鳥を鳴かせない。そんな打算が、一瞬にしておれの思考を埋めた。



 そして上司と白髪の板挟みのなかプレゼンと検討を重ね、正式契約を交わし、約二年。

 SENAはターミナル駅を飾るまでの成長を見せた。


 対談インタビューやテレビ出演のオファーにも応じず、SNSアカウントすら運用しない。事務所の方針として提案はするが、白髪のパートナーはマネージャーのおれよりSENAの身バレに繋がりかねない案件に敏感で、決して首を縦に振らない。



 スカウトの席には、舞台の衣装を製作した小川舞子と、モノクロカラーの外見を逆転した同性夫婦——いや夫夫と呼ぶべきか——が居た。

 当事者たちが「おがちゃん在学中デビューだね」「え、うちも!?」なんて話す横で、「俺がコイツの相手だが?」と言いたげに、こちらを見据えていた白髪のパートナーの目は忘れられない。


 彼は「あいつに何かあったら——分かってんだろうな?」と、席を立ったおれに囁いた。

 その目は、学生時代に美術館で見た日本刀のように冷たく、鋭かった。おれはその時、生まれて初めて"命の危機"というものを背筋に感じた。二年経った今でも、時折会う彼の目は変わらない。




「斉藤さん、なんか疲れてる? 胃薬あるよ」


 撮影現場に向かう車中で、SENAが言った。

 おれは目線を前に向けたまま、やんわりと断る。


 白髪のパートナーが「シロが渡すもん、絶対に受け取らないでください。貰ってしまっても口にせず捨ててください。今は大丈夫だろうけど、……念のため」と言っていた。何かよく分からないけど、怖いから従っておくこととする。


 『念のため』は、大事なことだ。



「そういえば斉藤さん、そろそろ子供産まれるんだよね。クロがお祝い贈りたいって言ってたよ。なにか欲しいものある?」


 後部座席のSENAが、チョコ菓子を齧りながら無邪気に続けた。胃薬のことは、もうどうでもいいらしい。


 業界におけるSENAは、まるで教科書を忘れた学生くらいの感覚で感情まるごと家に置いてきたような、『空っぽな美しさ』をウリにしている。


 しかし実際に話してみると、SENAの口調はどこまでものんびりとしていて、決してそのペースを崩さない。


 何も考えず、何にも執着しない。そんな危うさすら感じてしまう。『根無草』という言葉がピタリと合うような、そこに漂うだけの存在。

 ——それがおれのSENAへの印象だ。



「ねえ、斉藤さん、オススメの猫動画ない? あ、猫じゃなくてもいいよ。動物でもBLでも学術系でも、暇つぶしに流せるやつ」


 胃薬どころか、おれへのお祝いもどうでもいいらしい。ぽんぽんと飛んでくる話題に、おれは「あとでリンク送っときます」と返した。


 暇なのか? そりゃ小川舞子の製作ペースで撮影してんだから、仕事なんて打ち合わせを含めても月一度あればいいほうだけど。そんな脈絡ないジャンルの動画を流すほど暇なのか? パートナーと他にすることないのか?


 これは、口にしない。

 軽口は命に関わる。あの白髪に絡まれるのは御免だ。郊外に買ったマイホームのローンを組んだばかりで、おれは死ぬわけにはいかない。



「あ、斉藤さん。途中でこの新作の抹茶と黒糖のフラペチーノ買ってっていい?」

「斉藤さん、斉藤さん。この動画なんかすごいんだけど」

「見て見て、ねえ……あれ? 今日っていつものスタジオじゃないの? 外?」

「あれってもしかしてご当地コンビニ? 帰りでいいから寄ってくれる?」


 絶え間なく投げ飛ばされる話題に「そうですね」と応えながら、カーナビに目をやった。

 新作フラペチーノが売ってるカフェは、数km前に通り過ぎている。絶対に引き返したくない。


 おれは聞かなかったことにして、無心でアクセルを踏み込んだ。

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