絨毯爆撃とボッチ疑惑
——ヴゥン、ヴヴン。ヴンヴンヴン。
ガラス天板のローテーブルは、数分前からずっと振動している。裏返したままのクロのスマホが、絶え間なく通知を報せ続けているのだ。
「クロのスマホ、すっごく鳴ってるけど大丈夫?」
俺は読みかけの漫画を閉じて、言った。
普段はレポートや論文に集中しているクロに、声をかけることはしない。けれどさすがにこれは、ちょっと気になってしまう。正直、うるさい。
「……ん」
短く応えて、ゆるゆると白髪が動いた。
その間も震え続けるスマホを手に取り、クロは心底面倒くさそうな顔をする。ちらりと見えた待ち受け画面には、すごい勢いで通知が流れている。
「大学の」
「友達?」
「臨床行ど……あー、グループワークの奴。資料共有するからってトークグループに入れられた」
不機嫌そうにポロっと内容を言いかけたクロは、途中で濁した。クロは家で学校の話をしたがらない。
「友達?」という質問に「そう」と答えないあたり、その程度の付き合いなんだろう。
ぶっきらぼうだし表情の起伏が少ないクロだけど、外ヅラはいい。
高校時代のクロは、クラスメイトとバカ話をしては笑っていたし、誰とでも分け隔てなく接していた。人当たりが悪いわけではない。卒業して数年経った今でも、たまに集まってお酒を飲む友人だっている。
そういえば、最近はクロのそういう顔を見てないな。大学ではボッチなのかもしれない。
俺が「ふーん」と返すと、クロは画面を触った様子もないまま、またスマホを裏返そうとした。
「いいの? 返事しなくて」
「いい。課題と関係ねえ話だった」
課題に関係ない世間話には加わる気もないってこと? え、本当にボッチなの?
「クロ……せめてスタンプくらい返しなよ。こないだ買ったじゃん。お寿司におじさんの顔がついたやつ。まだ使ってないでしょ」
「今度お前に使うからいいだろ?」
「いやいやいや。『ウケる~』みたいなやつあったよね。あれ送っちゃお? 既読スルーは良くない」
クロがジトッとした目で見てきた。
そんなに言うならお前がやっとけよ。——なんて言いたげだ。俺に見せる気なんて、ないくせに。
リビングに置きっぱなしの資料やレポートを、俺が暇つぶしに読んでいても、クロは止めない。
なのに、これだ。
もはやクロのバリアの基準が分からない。
「コーヒー淹れてくる。シロも何か飲むか?」
クロはスマホをクッションの上に置いて、腕をぐっと伸ばした。
寿司スタンプを送ったのかは、知らない。
「じゃあカフェオレ。冷たいほう」
「ん」
キッチンに向かうクロの背中を見送る。
クロが居るとき、俺はカウンターの向こう側に行かない。コップを出そうとするだけで「邪魔すんな」って怒られるからだ。一緒に住み始めたころ、食器をいくつか割ったことを根に持っているのかもしれない。
ソファに転がっていた俺は、体を起こして、クロからマグカップを受け取った。
「今日は遅くなりそうだから、それ飲んだら先に寝てていいぞ」
「じゃあここで寝とく。終わったら運んでね」
「…………わかった」
知ってるか? 寝てる人間ってすげえ重いんだぞ。——と。言おうとして、やめたらしい。
そしてクロはまた無言になり、ノートパソコンと向き合い始めた。
寝室の隣に書斎があるのに、クロはいつもリビングで作業する。そこには仮眠用のベッドもあるけど、それすら資料に埋もれてしまった。書斎というより、物置き部屋と呼んだほうが正しい。
ふわふわ揺れる白髪を視界の端に置いたまま、俺は読みかけだった漫画の続きを開く。
カタカタと響く打鍵音と小さくなった振動音は、朝まで続いた。




