桜色の無機質
繁華街を擁する駅前は、いつだって人混みで賑わっている。
特に今日は、その人混みが道端にたむろしてスマホを掲げていた。ほとんどは若い女で、彼女達が撮っているのは、駅前ビルを大きく飾る化粧品メーカーの広告だ。
年齢も性別も国籍も、全てが謎に包まれた今話題のモデル——SENA。
桜色に縁取られた、ガラス玉のような瞳で真っ直ぐ前を見据えるそいつの広告は、人々の足をひっきりなしに止めている。
「ほんっと、別人だよな」
駅前ビルを臨むカフェのオープンテラスで、俺はふと零した。
「ん?」
向かい側に座ったシロは、長い呪文の『桜のラテのナンチャラホイップチョコマシマシ』を啜りながら、顔を上げて「あー」と呟く。
「どう? 可愛く撮れてる?」
「……化粧ってすげえな」
「それ褒めてないよね?」
嬉しそうに目を細めたシロには、適当に返しておく。シロはすぐ不満げに頬を膨らませた。
SENAの中身は、雑誌に載るたびこうして「可愛い?」と聞いてくる。駅前を飾るようになった今でさえ、俺は素直に褒めてやったことがない。
広告の中のシロを見ていると、ビスクドールと向き合っているような錯覚を覚える。
SENAの仮面を被ったシロは、どこまでも無機質で、表情なんて初めから持ち合わせていないように見える。いっそ不気味なほどだ。なのに、目が離せない。
罷り間違っても、目の前にいるポヤポヤ男とは似ても似つかない。
シロがモデル稼業を始めたのは二年ほど前。
服飾専門学校に進んだ高校時代の友人から学祭に誘われ、ひょんなことからショーに出るモデルの代役を頼まれたのがキッカケだ。
それ以降、シロは友人である小川舞子——おがちゃんの専属モデルを続けている。
シロは決して小柄ではない。平均身長の割に細身というだけの、一般的な成人男性だ。
それでも、中性的な顔立ちのシロがおがちゃんの衣装を着ると、似合ってしまうから困る。
コイツをスカウトしたマネージャーの目に狂いはなかったということか……考えたくはない。
「クロ、コーヒーぬるくなるよ」
「……あぁ」
放置していたアイスコーヒーを吸い込む。
甘さを足さないコーヒーの苦味と香りで、少し思考が晴れた。
「そんな苦そうなのよく一気に飲めるね」
「お前がお子様舌なだけだろ」
バカみたいに苦いクスリは平気でガリガリ齧るくせに——とは、言わない。
頬に付いたクリームを取ってやると、シロは「えへへー」と締まりのない顔で笑う。
味覚も仕草も、コイツは本当にガキっぽい。
俺といる時のシロは、ビスクドールどころかゆるキャラのぬいぐるみのようだ。
しかしSENAの無機質さもまた、コイツ自身なのだ。自分が『消費されるモノ』だと自覚している時、シロはそういう顔をする。売人をしていた頃のシロは、表情を隠し、本心を隠し、艶っぽい笑顔を武器として扱ってきた。
だから俺は『消費されるモノ』の顔をしたシロに、褒め言葉を使いたくない。もはや意地だ。
「それにしても、本物がここにいるのに誰も気付かないね」
「別人に見えるように、女の格好すんのが契約だからな。やっぱ化粧はすげえな」
マネージャーには散々釘を刺している。
バレてたまるか。
「またそれー」
シロがまた不満そうに、ズルズルと音を立ててラテを飲んでいる。
「一言くらい、可愛いって言ってくれてもいいのに」
どうやら褒めない事を根に持っているらしい。ラテが詰まってんのか、空気が詰まってんのか。シロの頬はリスのようにパンパンだ。
「はいはい可愛い可愛い」
「適当すぎるー」
乱雑に頭を撫でてやると、文句を垂れながらもシロの表情は緩んでいく。
どれだけ綺麗に写っても、SENAよりこっちのほうが良い。俺の前でしか見せない、ふにゃふにゃと締まりのない笑顔のほうが、よっぽどシロらしいと思う。
「さ、スーパー寄って帰るか」
「オムライスの材料?」
「それは昨日食っただろ。却下だ」
「じゃあナポリタン?」
……ケチャップばっかだなオイ。
「確か今日は挽肉が特売って書いてたな」
「ハンバーグ!」
「餃子だ。冷蔵庫のキャベツ使っちまわねえと」
「じゃあ揚げ餃子がいいなー」
「……しゃーねえな。カップ片付けたら行くぞ」
立ち上がると、シロは「うん!」と元気よく答えた。
駅前を飾る巨大広告の無機質が、餃子ひとつで満面の笑みを浮かべている。
そんな事は、誰も知らなくていいのだ。




