瀬名眞白の独白
「…………やばい。夕方すぎてる」
スマホを確認すると、時刻は十九時前だった。
夕暮れはすっかり終わっていて、カーテンの隙間から差し込むオレンジ色はもうない。
うたた寝……というには寝過ぎた。
もうすぐクロが帰ってくる頃だ。
クロが大学に行っている間、俺はモデルの仕事がない限りこの家でひとりぼっちになる。
午前中はソファの上でロボット掃除機の働きぶりを眺め、クロが作っていった昼ごはんを食べ、またソファに転がる。夕方に目覚め、置きっぱなしだった皿を水に浸けて、クロが昨日のうちに掃除した風呂に湯を張るボタンを押す。あとはベランダの洗濯物を取り込んで、ソファに積んでおく。
俺にできる家事はそれだけで、他のことはクロが全部やってくれる。
帰ってきたらクロが作った夕飯を食べて、風呂で洗われて、髪を乾かしてもらって、夜はクロの抱き枕になる。
レポートや論文に追われているときはリビングにカタカタと響くキーボードの音を聴きながら、ふわふわ揺れる白髪を眺める。
そうじゃないときはベッドでじゃれあうこともあるけど……、その続きはない。
そんな生活が、もう何年も続いている。
ベランダに出て、煙草に火をつけた。
クロが許してくれた唯一の嗜好品だ。
クスリはもう殆ど食べていない。半ば強制的に減薬させられたときは死ぬかと思った。離脱症状は少しずつ落ち着いてきたけれど、たまにどうしても耐えられないときはクロとホテルに行く。理性が吹っ飛んでいろいろ我慢できなくなるから、近隣住民から通報されないためだ。
今は売人の仕事もクスリの管理も、全部クロがしている。
俺のためだけに、クロは大学に進学した。
今は心理学や薬理学や社会ナンチャラ……と、可能な限りの講義を受けているらしい。最終的には国家資格を取るとか言っていた。
だからクロの目にはいつもクマがある。
サークルにも入ってないし、飲み会も最低限の人付き合いのためしか参加しない。
俺が想像していたキャンパスライフとは無縁の生活だ。
特にやることもなく家でただ待っているのは退屈だけど、そんなクロの行動全てが俺のためと言われたら、悪い気はしない。
会いたいひともいない。
一人で行きたい場所もない。
せめてクロがぐっすり眠れるように、俺は抱き枕に徹するだけだ。
思考に耽っていると、長く伸びた灰が風に流されていった。同時に、玄関から鍵の音がする。
「おかえり、クロ」
煙草を水に放り込んで出迎えると、ふわりと抱きしめられた。
最近はクロから触れてくることの方が多い。
「……ヤニくせえ」
言うわりに嗅ぐんだよなあ。
第一声から文句を垂れつつも、クロは俺のうなじに顔を埋めたままだ。
疲れているとき、クロは長めに俺を吸う。
クロは匂いフェチなところがあると思う。
「クロは汗臭いね」
「……うるせえよ」
「先にお風呂入る? お湯まだだけど」
腕に触れたクロのカバンが軽い。
たぶん今日は、構ってもらえる日だ。
「先メシ作る。でも……もうちょい、このまま」
「うん」
ゆるゆると応えるクロの頭を撫でて、抱きしめ返した。




