人並みの寓意
都会の大学ってのは、ビル群にあるのがスタンダードらしい。
うちの大学もそんな例に漏れず、ガラス張りの高層ビルがキャンパスになっている。
食堂はもはやレストランだし、コンビニもカフェも建物のなかにある。ラウンジもある。まるでホテルのようだ。
上京したばかりの頃は、ひたすら感動した。
これから始まるキャンパスライフに心も踊った。
合コンも飲み会も楽しいし、一人暮らしにも慣れた。バイトも始めた。電車なんて数分おきに走ってくる。遊び場も多い。解放感しかない。
最低限の単位を落とさなければ自由なのが、大学生のいいところだ。
そして今も、俺——河野裕輝は学内カフェにいる。
空きコマを潰すためだ。
「ヒロっちさー、たまに"ロボ"と喋ってるよね。仲良いん?」
なんとなく集まった友人たちと駄弁っていると、今回のメンツの一人、ウタが思い出したように言った。
ストレートのロングヘアに、気の強そうな目。サッパリとした性格の彼女は話しやすい。
「んん……俺が取ってる授業アイツも大体カブってるから、席近いと話すくらい?」
通称『ロボ』——同期の仁川黒助を思い出し、別に仲が良いわけでもないなと思った。
毎日一限からぶっ通しで講義を受け、ゼミにも欠かさず顔を出す。空きコマという概念すらないらしい仁川は、陰で『フル単位ロボット』と揶揄されている。
……本人は気にしてなそうだが。
「ヒロっちー。喋るなら今度ロボ誘ってよー」
「バチクソ脱色しといてチャラそうなのに真面目とか、ギャップえぐいんよね」
「そういえば一個下の子が紹介してって言ってたよ」
「ねー、ヒロっち。合コンしよー」
女共は仁川を紹介しろと、前のめりだ。
仁川の髪はどんな頻度でブリーチに通えばあんな色になるのか……というくらい白い。背は平均身長である俺より少し高い。人当たりもよく、グループワークでは面倒見もいい。教授にも気に入られていて、成績もいい。
なるほど。『ロボ』なんて呼ばれているくせに、女子にウケそうな要素だらけだ。正直うらやましい。
「とはいえあいつ、誘っても合コンどころか普通の飲みにも来ねーもんなぁ……」
「合コンも飲み会も来ないとか、ロボって彼女持ちなん?」
関西弁混じりで、コハルがゆるふわな髪を揺らした。ウタとは違う系統で、可愛い系。ノリが良い。ただ、胸は小さい。
そんなコハルの質問に、俺は少し考える。
「んや、多分フリーだと思う。前は指輪つけてたけど……今はつけてねーし」
一年のとき左薬指につけていた指輪は、いつの間にか見なくなった。
どうせ別れたんだろう。よくあることだ。
そもそも俺は、仁川のプライベートを知らない。普通なら会話のなかでポロポロ出てきそうな——実家あるあるのようなネタすら、あいつは話さない。
——俺、仁川のこと何も知らねーや。
まあ、わざわざ本人に聞く必要もない。
仁川は女子じゃないから。
「じゃあワンチャンあるじゃん?」
「マジそれー」
今度はカズハが食いついた。
コハルとカラフルな爪を向け合って、「ねー」なんて言って勝手に合意している。
いやいや、勝手に決めるな。
「……っていうか、お前らと合コンしても俺にメリットなくね?」
彼女達とは、過去の合コンで知り合った。
恋愛的な出会いにはならなかったが、今はこうして時間が合えば喋る友人になっている。
こいつらと酒を飲むのは楽しいからいいが、俺に出会いがないのはよろしくない。
俺は学生のうちに、遊べるだけ遊びたいのだ。
「じゃあヒロっちがロボ連れてくるなら、経済学部の友達紹介したげる」
「あー、上園ちゃん?」
「そうそう、最近カレシと別れたらしいよ」
「ヒロっち絶対好きなタイプだよねー」
「それにねぇ……大きい」
ウタの手の動きに、今度は俺が食いつく。
よし、やるか。合コン。
仁川を紹介して、可愛い巨乳を紹介してもらう。これぞウィンウィンというやつだ。
そんな決意をしたとき、終業のチャイムが聞こえた。
三人とはここで別れる。同じ学部とはいえ、必須以外の履修内容はさまざまだ。
「ロボ捕まえといてね!」
別れざまに聞こえたカズハの声には、「善処するー」と答えておく。
高難度のミッションを与えられてしまった。
マジかよーと思いつつ、次の授業に向かう。エレベーターで目的の階に到着すると、非常階段の前でちょうど仁川と遭遇した。
「また階段かよー」
「エレベーター待つより早えーじゃん」
仁川はいつも、五階分の移動くらいなら階段を使う。
こういう高層の建物では、中途半端な階からエレベーターに乗れないことも多い。こいつにとって階段は、遅刻しないための最短ルートらしい。
……俺には無理だ。
運動部どころじゃない。ほんとに人間が?
「仁川ー。今日飲みいこー!」
「悪い、用事あるわー」
思ってるうちに足早に去ろうとする仁川に、声を掛けてみた。
仁川は少し困ったような笑顔で手を振る。
やっぱり断られてしまった。
女共の不満顔が、目に浮かぶ。
「どうすんだよ、これ」
教室に向かう白髪を見送り、息を吐く。
なんであいつは大学生らしい楽しみに見向きもせず、勉強ばっかやってんだ。意味が分からない。
残念ながら、経済学部の上園ちゃんは紹介してもらえそうにない。




