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仔犬と猫の分類エラー

 初夏の夜風が肌を撫でる。

 冷気を孕まないそれは、もうすっかり上着が必要ないことを告げている。


 ——また、この季節がやってきた。



「あ、猫」


 深夜。コンビニに向かう途中で、シロが足を止めた。ふてぶてしい顔をした野良猫が、歩道のド真ん中に転がっている。

 シロが近付いてスマホを向けても、そいつは逃げることなく大きなあくびをかましていた。


「お前、猫好きだよな。いつも動画流してるし」

「うん。猫動画の猫はクロみたいだから」

「……は?」


 シロの例えはいつも突飛だ。抽象的すぎる。


 ……しかし突拍子もない発言にも理由はある。

 コイツの中では、話してる間に想像もつかないスピードで連想ゲームが終了しているだけなのだ。


 それに追いつける人間なんて、一部の天才って奴だけだろう。

 高校時代、ノー勉で全教科満点をとり続けた奴の頭の中なんて……分かるはずがない。


「……俺は猫と同列かよ」


 シロは何でも"同じ棚"に並べる。カテゴリー分けをしない。だから俺もまた、猫どころか猫動画やBLと同じ場所に置かれていても不思議ではない。


 考えて、思わず口に出てしまった。


「え? クロはクロだよ?」


 きょとんとした顔で見上げてくる。

 シロは心底不思議そうだが、分からんのはこっちの方だ。


 コイツは連想ゲームの途中経過を言語化しない。言語化する前に、次の連想が始まっている。


 だから、シロの返事はいつもこうなる(・・・・)


 シロの興味があちこちに移るのもそのせいで、そんな事を知らない奴から見れば飽き性で落ち着きのない人間に映るだろうが……。


 しかしそれが、瀬名眞白という男なのだ。


「そうかよ。ほら、さっさと行くぞ」

「うんー」

 

 考えても仕方ない。

 促すと、シロは野良猫に「ばいばい」と手を振った。猫は最後まで我が物顔で、歩道を占拠していた。




「シロ、いらんもん買い過ぎんじゃねえぞ」

「わかってるー」


 コンビニに到着すると、シロは食玩コーナーに吸い込まれていった。


 それを横目に、目的の棚に向かう。

 まずは牛乳を買わなければならない。翌朝のカフェオレがないとシロが拗ねる。



「……おい、買い過ぎんなって言ったよな?」

「だってこれ可愛いよ? あとこれコンビニ限定。こっちは新作」


 ほんの少し目を離した隙に、カゴは溢れそうなほど山盛りになっていた。


 変なキャラクターの食玩に加え、菓子やらスイーツやら……いつの間に回ったんだ。食玩コーナーにいたんじゃないのか。


「却下だ。ひとつにしろ」

「えー」

「……せめて菓子とジュース」

「食玩は?」

「食玩だけ(・・)にするって事か?」


 シロは不満そうに、カゴに放り込んだものを棚に返し始めた。なのに「あ、このカップ麺おいしそう」「期間限定のアイス出てるー」と、また途中で足を止める。


 自由なヤツめ。


 しかもコイツが選ぶ物は、大体高い。

 出会ったころから、シロは金銭感覚がぶっ壊れていた。「お揃い」と言って高級ブランドの財布を買ってきたこともあるし、シロのピアスはバカみたいに高い石がついてるらしい。


 割高なものが多いコンビニでは最低限しか買い物をしたくないのに、シロは気にしない。


「ひとつだって言っただろ。カゴに入れんな。せめて値札を見ろ」

「わかってるわかってるー」


 マイペースな足取りで店内を物色する後ろ姿を眺めながら、ついて歩く。


 まるで子犬の散歩だ。

 いや、こんな化け物じみたスペックの子犬がいてたまるか。



 シロは自主的に外出しない。基本ずっと家にいる。

  SENAの——モデルとしての仕事もあるが、マネージャーが車で送迎するため出歩くことはないらしい。


 だから俺が連れ出すことでシロが外の刺激を楽しめるなら、もう少し付き合ってやるのは吝かではない。


「これおいしそう」

「それ酒だぞ」

「たまにはいいでしょ?」


 シロが期間限定の缶チューハイを手に取った。見るからに甘ったるそうなそれと、ついでに安物の白ワインもカゴに入れておく。


 我が家に晩酌の習慣はない。

 料理に使った酒の残りを飲むことはあるが、それだけだ。俺は決してキッチンドランカーではない。


 それにシロは、どうせ『期間限定』という単語と『パッケージの可愛さ』に惹かれただけだ。



「クロ、見てクロ」


 次にシロが指差したのは、SENAが表紙を飾ったファッション誌だった。


 咄嗟に周囲を見渡した。

 他に客はいないし、店員もレジの奥で何かをしている。


「家にもうあるだろ、それ」

「そうだけど、こうして外に俺が並んでるって不思議な感じがするなーって」


 ——お前は並んでねえだろ。


 相変わらず、レンズを通したSENAは無機質なビスクドールだ。シロが並んでるようには見えない。


 おがちゃんが作る衣装はどれも、性別を悟らせないデザインに設計されている。しかも化粧や照明の効果に希薄な表情も相まって、ネット上では『SENAは男か女か、はたまたAIが生成した架空のモデルか』論争が絶えない。


 まあ、身バレしないなら何でもいいが。



「あ、クロ。ついでにこれ買っとく?」

「いらねえ!!」


 カゴに突っ込まれたゴムは陳列に返しておく。

 シロはコンビニに来るたび、このネタで俺をからかってくる。使う機会なんて普段ないのに。


 分かっていてやってくるから、タチが悪い。


「えー」

「えーじゃねえよ。レジ行くぞ」

「じゃあアイス追加していい?」

「……一個だけな」



 そうして結局、牛乳一本を入れるはずだったエコバッグはパンパンになってしまった。


 しかもレジではホットスナックも買わされたが……これはまあいい。アメリカンドッグは齧りながら、帰路につくことにする。


 民家の灯りが減った夜道は、来た時より暗い。長居しすぎたらしい。シロのペースに付き合うと、いつもこれだ。



「猫、どっか行っちゃったね」


 残念そうに呟いたシロの頭は、撫でておく。

 シロが「ついでに」と放り込んだ猫缶の出番はなくなっていた。


 ——そもそも野良猫に餌付けすんな。

 このツッコミは、飲み込んでおくことにした。

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