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一限を揺らす通知雨

 抑揚の少ない教授がマイク越しにボソボソと講義を続ける教室に、振動音は思いの外よく響く。


 今回の発生源は俺で、講義が始まったころからスマホが震え続けていた。今もたまに会う、あのメンツのトークグループが通知を騒がせているせいだ。


 最初の三回ほどは、シロからの緊急の報せかと焦ったが……そんなことはない。

 何事もないに越したことはないが、最低限の連絡でしか使わないプライベート用のスマホに大量の通知が来るのは、正直肝が冷える。


 俺はポケットから取り出したそれの通知設定をサイレントモードに切り替え、ノートの横に置くことにした。


 トーク通知が流れ続ける待受画面は、横目に眺めておく。


 講義内容は気になるが、仕方ない。

 シロがまたいつとんでもないことを言ったとして、放っておいたら後で弄られるのは俺なのだ。アイツらに任せていたら、止まるものも止まらない。


 SENAが自分であるとカミングアウトした時のシロは、一応は事前に俺の顔色を伺っていたが……。アイツは本当に、そこそこ有名人になったくせに危機管理能力が足りていないから困る。



——アイリスがアルバムを作成しました

——アイリスがアルバムに写真を追加しました


 そんな通知から、マコトとヒヨコも追従していく。

 昨夜の飲み会の写真だろうが、いつの間にアルバムを作るほど撮ったのやら。



「……アイツら何やってんだ」


 思わず、呟いてしまった。


 大学生であるヒヨコとアイリスは一限に予定がないかもしれないが、社会人であるマコトはとっくに仕事に従事しているはずの時間だ。



 そして一頻り写真を共有し終えたのか、今度は会話が始まった。


 どうやら皆は二日酔いのようで、アイリスは二限をサボると言っている。それは学生らしい言い分で、まあ、そういう話はよく聞く。普通はそんなもんなんだろう。


 そこにシロが『昨日帰ってからクロがしじみ汁作ってくれた』と、また写真を載せた。


 やめろ。なんでそんなもん撮ってんだ。見せんな。


 マコトがスタンプを送信したという通知を皮切りに、今度はスタンプの応酬が始まった。待受はすぐにスタンプの通知で埋め尽くされる。


 お前らヒマかよ。



「仁川が講義中にスマホ見てるとか珍しいじゃん」


 頭を抱えていると、隣から肘で突かれた。


 ニヤニヤと笑みを浮かべてそう言ったのは、一年のころからよく同じ講義をとっている河野だ。茶髪に染めた毛先をワックスで遊ばせた男で、見るからにチャラい奴だが、フットワークが軽く資料を集めてくるのは早い。


「カノジョ?」

「違う。高校ん時の友達」

「女いる? 合コン誘ってよ」


 河野とは何度か課題でグループを組んだが、コイツが話す内容はいつもこれだ。プライオリティはいつだって"女"で、合コンが生き甲斐のような奴である。



「ヤローばっかで良ければ紹介するけど?」


 そう返すと、河野はすぐに興味をなくしたように前を向いた。


 こいつは一年のころ、指輪をつけていた俺に「カノジョいんの? 友達経由で可愛い子紹介してよ」なんて言ってきた。今は指輪をチェーンにかけて首から下げているため、俺はフリーだと思われているようだ。


 どちらも違う——とも言いづらい。

 根掘り葉掘り聞かれても、困る。



 河野に構っている間に、また通知が増えていた。


 アイリスが『コンビニでしじみスープ買った』とピースサイン混じりに勝利宣言し、ヒヨコは『つぎ第二外国語だからコンビニ行けない』と涙を流す絵文字を添えた。

 マコトに至っては『朝から真面目に授業受けてる黒助の肝臓がおかしい』なんて言い出す始末だ。同じくらい飲んでいたはずの奴の言葉は、ただの言いがかりだと思う。



 そこにシロがまた、写真を共有した。コメントはない。


 通知だけではどんな写真を送ったのか分からない。

 淡々と話し続ける教授がこちらを見ていないことを確認し、スマホのロックを解除する。その瞬間、アイリスが連投したスタンプが流れた。


 トークを遡る。共有されていたのは、シロが昨夜道端で撮影していた野良猫の写真だった。


 スタンプを連打するほど、アイリスのテンションが上がるわけだ。実家が動物病院である彼女は、動物好きが高じて今は獣医学部のある大学に通っている。

 アイリスは生身の人間より動物を愛している。とてもじゃないが河野とは話が合わない部類の女だから、紹介しろと言われても責任が持てない。



『オススメの猫動画教えてくれたら俺の野良猫フォルダが火を噴くよ』

『まじで!?』

『クロの寝顔フォルダとどっちがいい?エプロン編もある』

『エプロン編の語感がつえー(笑)』

『残念だけどお風呂編は見せれない』

『おふろ????』



 ——なにやってんだあの馬鹿!!


 思わず立ち上がると、床に落ちたスマホがガタンッと大きな音を立てた。


 周囲の視線が痛い。

 教授はこちらを一瞥すると、またマイクに向かって話し始める。


 勝手にひとの写真をフォルダ分けするな——と、声に出さず我慢した自分を褒めてやりたい。



「仁川がそんな顔すんの珍しいな」


 河野が何か言いたげな様子で、足下に落ちていたスマホを渡してきた。

 どんな顔をしてしまったのかは、知りたくない。礼を言って、受け取る。



 その画面に表示された、『つーか既読数。黒助見てね?』という通知の主はマコトだった。


 俺が『お前ら講義出ろ。仕事しろ』と送ると、それまで濁流のように流れていた通知は、ぴたりと止んだ。


 ……見られて困る会話をすんじゃねえよ。



 続けて『ヒヨコは再々履にならないように、今度勉強会するぞ』と書き込んだが、それっきり返事はなかった。

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