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かんぱいの向こう側【前編】

「かんぱーい!」


 ガヤガヤと騒がしい店内の隅で、五つの声とジョッキとグラスがぶつかった。


 俺とクロは、居酒屋に来ている。

 一緒にいるのは高校時代からの友人三人で、卒業後も彼らとは数ヶ月に一度のペースで集まる。恒例行事ってやつだ。


「で、最近どうなの?」

「アイリスは毎回同じ会話から始まるよな」

「だってみんな大学違うし、マコは社会人だし、聞きたくなるじゃん? ねえ、ヒヨコ?」

「うん。別の学部のことってあんまり知らないし」


 最初に話題を投げてきたのは、座敷席の向かい側に座る、三人組だった。ヒヨコとアイリスの女二人と、男はマコト一人。彼らは幼馴染だそうで、特に仲が良い。


 この幼馴染トリオはクロの中学からの友人だ。俺は高校二年のとき、クロに連れられるかたちでこの輪に入った。


 クロは彼らといるとき、自然な顔で楽しそうに笑う。外ヅラ用の作り笑顔にはならないのは、気の置けない仲だからなんだろう。



「つーか、白助はどうなんだよ。まだニートしてん?」

「ニート……みたいなものかなあ」


 マコトは俺をクロの名前に掛けて『白助』と呼ぶ。

 俺はなんとなく、曖昧に濁した。モデルの仕事が忙しくなりそうだけど、半分以上ニートのような生活だから、間違ってはいない。



 彼らと遊ぶことで、俺は初めて学生らしい生活というものを経験した。昼休みは食堂に集まったり、放課後にはファストフードで駄弁ったり、ゲームセンターに寄ったり、海にも行った。俺にとってはどれも新鮮で、少しだけ居心地が悪かったのを覚えている。


 今でも、まだちょっと慣れない。

 みんなのように、自分の話をするのは苦手だ。



「まあ、オレは高校ン時とあんま変わんねーな。バイトのころと違って、それなりに忙しいけど」

「あたしは座学より臨床研修が楽しいな。……レポートは地獄だけど」

「座学も実験も好きだけど……第二外国語とレポートはほんと……地獄だね」


 幼馴染トリオが口々に言う。

 クロもレポートを書いてるときは、夜中までノートパソコンに向き合っている。大学生は大変そうだ。進学しなくて良かった。


「クロスケ、他人事みたいな顔してビールばっか飲んでるけど、アンタが一番大変なんじゃないの? 一限からフルで講義ハシゴしてるんでしょ?」

「……倒れない?」


 アイリスとヒヨコに水を向けられたクロは、ジョッキを置いて首を傾げた。


「つっても全部必要なことだからなあ」

「ほら出た!! クソ真面目!!」

「まさかフルで出席して、特待枠も維持してるの?」

「学費免除なくなると困るだろ?」


 ——信じられない。といった様子で、幼馴染トリオは天井を仰いだ。やっぱりクロの大学生活は、普通じゃないらしい。


「でも一人暮らしのままだったら心配したけど、今はシロ君がいるから安心だね」


 飲みかけの梅酒サワーのグラスを両手で包んだヒヨコは、俺に向かってふわりと笑う。


 抱き枕として貢献はしてるはずだけど、俺はあまりクロの役には立ってない。なんて、言えない。



 高校のころ、クロとヒヨコは所謂『両片想い』だった。告白したとかされたとか、聞いたことはない。


 でも、今クロとこうなっている(・・・・・・・)のは俺で、けれどヒヨコは変わらず俺に優しい。嫉妬や八つ当たりも、されたことはない。

 鑑識官を目指しているヒヨコは、正義感も遵法精神もある。小柄で愛らしくて引っ込み思案だけど、ヒヨコには芯の強さがあると思う。


 もしもクロが、俺じゃなくヒヨコを選んでいれば、真面目なクロはきっと『普通の幸せ』を手に入れていただろう。今のように売人をしながら大学でも走り回るなんてこともなく、就職して結婚して、子供が出来たりなんかする、そんな『普通』の——



「——おい、シロ。飲み過ぎたか? だから途中で水飲めって言ってんのに」


 クロがこちらを覗き込んでいる。

 俺は「大丈夫」と返して、アルコールよりぐるぐる回り始めていた続きは考えないことにした。



 お酒に強いクロは、日本酒やワインの瓶を空けたくらいじゃ赤くもならない。俺はサワー数杯でフワフワするから、いつもクロは「水飲め」と言ってくる。


 さすがに二杯目くらいじゃ酔わないんだけどなあ。



「それにしても、あたし達の代で一番の出世頭って言えばおがちゃんだよねー」


 空になったレモンサワーをドンと置いて、言い出したのはアイリスだった。前後の話は聞いていなかったけど、適当に相槌を返しておく。


「出世つっても、ほとんどの同期まだ学生だけどな」

「おがちゃん、元気かなぁ」

「最近会ってないよね」

「SENAのこと聞かれたら困るからじゃね?」

「あー、守秘義務。社会人って大変だね」


 お酒を追加しながら、みんなはあーだこうだと話を膨らませている。

 俺は氷が溶けて薄くなった甘いサワーとポテトフライをつまみながら、それを眺めた。


 おがちゃんはSENAを専属モデルにすることで、デザイナーとしてデビューした。彼女が俺に関する守秘義務を負わされていることは知ってたけど、思ってたより不自由をさせているのかもしれない。



「クロ」


 隣を見ると、クロは少し考えて「まあ、いいんじゃね?」と言った。全部伝えなくても、クロは俺の意図を汲んでくれる。


「そのSENA、俺のことだよ」

「は!?」

「瀬名眞白だから、せな。そのままでしょ」


 クロが良いと言うなら、大丈夫だろう。


 そう思って、おがちゃんが言えない秘密を共有すると、女子二人の声が綺麗に揃った。

 幼馴染の阿吽の呼吸、すごい。


「待って、え、SE——シロ君!? え?」「言われてみれば、メイクの奥……確かに……?」「えっ、え、アイちゃん、これ」「ヒヨコ、言っちゃだめ。これスキャンダル的にだいぶヤバい」「ひえぇ」


 ヒヨコとアイリスは、SENAの記事を開いているだろうスマホと俺を見比べて、ヒソヒソと囁いている。この調子なら大丈夫そうだ。



「じゃ、俺ちょっと一服してくるね」


 クロのトートバッグからタバコを取り出して、席を立つ。


「おいっ、シロ!! こんなタイミングで行くんじゃねえよ!! フォローしてから行け!!」



 そんな声が耳に心地いい。俺はクロに笑顔を返して、店の外にある灰皿に向かった。

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