姉からの定期便
我が家には、月に一度のペースでバカ重いダンボール箱が届く。
差出人は朝倉桃香。旧姓は仁川。俺の姉だ。
最初のころは何事かと中身を確認していたが、最近は未開封のままシロの手に渡っている。ガムテープを剥がした瞬間、目に飛び込んでくるのは——男同士が絡み合った表紙のエロ本だ。
あれは本当に心臓に悪い。
しかもこのマンションは、エントランスに宅配ボックスを完備している。
つまり、エロ本が詰まったバカ重い箱を、家まで運んでくるのは俺の役割なのだ。どんな罰ゲームだ。
「また姉貴からエロ本が届いたぞ」
家に戻ると、ソファの横に箱をおろした。
三人掛けのそれを占領して転がっていたシロは、クッションを落としながらずるずると這って、ガムテープを剥がし始める。
こっちは箱の重みで腕も腰も痛いというのに、マイペースな奴め。
「エロ本じゃないよ。BL」
「……似たようなモンだろ」
「全然違うよ。エロいのもあるけど」
「あるんじゃねえか」
シロは姉が送ってくるエロ本……改めBLを読む。しかし、姉のようなオタクになるわけでもないらしい。
猫動画も、俺の論文や資料も、BLも、コイツの中では同列の扱いだ。シロは「手持ち無沙汰のときそこにあるものなら何でもいい」と言っていた。
本当に、コイツにはこだわりがない。
SENAはいつか、オタク向けコンテンツの仕事まで「なんでもいい」と受けてしまいそうだ。マネージャーに刺す釘が増えた。
雑誌読者が姉のようになってはいけない。
しかしコイツを手持ち無沙汰にさせているのは、俺だ。自覚はある。
だからそう言われてしまうと、シロがBLを読むことには目をつむらざるを得ない。
読めと強要されない限り、害は少ない。
「つーか、何で姉貴は毎月毎月こんな大量に送ってくるんだ……」
溜息とともに、愚痴まで落ちてしまった。
シロは物に執着しない。読んだ端から中古市場に流していくため、家がエロ本もといBLに侵食されずに済んでいることは救いだ。
せめて少年漫画など他のジャンルも混ざっていればいいが、ないらしい。
今度なにか買ってきてやるべきか……。
「布教と献本だってさ」
「不況と……なんだって?」
「クロは知らないままでいいよ」
クスクスと笑うシロには、何か含むところがありそうだが、言及はしない。
聞いたが最後、碌な展開にはならないのだ。
俺の理性が保たなくなる事はしないで欲しい。
姉貴め、なんて爆弾を送りつけてくれやがる。
それが狙いか? 俺らもそうなれば良いなんて——思っていそうだ。
事実婚のようなものだが、俺は野郎とどうにかなりたいわけではない。勘弁してくれ。
「……俺もなんか読むか」
話題を変えようと思ったが、失敗した。
この流れで「読む」はNGワード過ぎる。
「ん? クロもBL読むの?」
「違え!! 論文!! 取ってくる!!」
楽しそうに一冊渡してこようとするシロを振り切り、廊下に出た。
物置と化した書斎には、大学でコピーしたきりの論文が山のようにある。それを持ってこよう。
適当に選んだ紙束を持ってリビングに戻ると、シロはまた読書に戻っていた。
床に腰を下ろし、ソファに凭れる。耳元に、噛み殺したように微かなシロの笑い声が聞こえた。
エロ本に笑う要素があるのか?
……いや、もうツッコむまい。
俺が紙束を開くと、シロは静かになった。
普段はうるさいコイツは、俺が大学関連のことをしている時はしんと黙る。テレビも動画も流さない。気を使わせているのかもしれない。
紙をめくる音とシロの寝息が、不規則に響く。
…………寝息?
振り返ると、シロは腹に広げたままの本を乗せ、よだれを垂らして眠っていた。時折むにゃむにゃと口を動かしている。
何か食ってる夢を見ているに違いない。
「寝落ちんの早すぎだろ……」
呟いてから、外が暗い事に気付いた。どうやら集中し過ぎてしまったらしい。
壁の時計を見ると、二十時を指している。
ヤバい。夕飯の下拵えは済んでいたが、洗濯物は干しっぱなしだ。急いでベランダに飛び出して、取り込んだものをシロの腹に乗せた。
シロは起きる気配もない。
「シロ、起きろ。メシすんぞ。寝んな」
「ん……リアルもオメガバースになればいいね」
寝言は聞かなかった事にして、俺はスマホを取り出した。開いたのは中古本買取業者の、申し込みフォームだ。
バカ重い箱は、このまま売り払ってやる。




