今日から一緒に過ごします
「だからこそ確認しなければならないのです!! 今公爵様に何が起こっているのか。そして、その原因は次期奥様に関係しているのかどうか!!」
「私ですか?」
カレンは驚くと同時に、この屋敷に来てからというものウェイド公爵の機嫌を損ねてばかりなことを思い出す。そして、先ほど自分を医務室に連れてくるために借りたハンカチを汚してしまったことに血の気がひく。
もしかすると、私との婚約を後悔されているのでは……いくら面倒ごとを避ける為に私を選んだとはいえ、ここまで不出来と思われては婚約破棄も考えられるのでは……そんなことをされれば、死刑宣告も同然……お金だって、お父様がもう使ってしまわれているからお返し出来ませんわ。何より、私、もうエル様の前に2度と顔向け出来なくなりますわ。
せっかくリドル家として接点を持てたというのに、彼が尊敬するウェイド公爵に見放されたと知られれば、エル様からも軽蔑されてしまうのではないか、カレンはそのまま後ろへと倒れるように気を失う。
「カレン様!!」
「大変だ。白目で意識を失ったようだ。重心が保てなくなった場合このままでは頭から……」
ミクリの慌てた声とヤドラ医師の無駄に長い解説を最後に意識を失う。
「んんっ」
どれくらい時間が経っただろう。柔らかいシーツの中で目を覚ます。
頭は……打ってないようですね。
後ろから倒れた気もするが、あの場にいた2人のうちどちらかが支えてくれたのだろう。
この屋敷に来てから失敗続きですわ。エル様への想いがあふれても、今まではうまく取り繕ってきましたのに。
実物と会ってから調子が狂ってしまった。
ずっとずっと遠くから見かけただけのあの方が、あの日あんなに近い距離で、お近づきになれたのだ。
「これが浮かれてしまっているってことなのでしょうか……それにしても、ここは……」
使っていた客間ではないことに気がつく。
そうですわ。あの部屋は私が汚してしまったんですわね。ということは別の客間へ連れてこられたのでしょうか。
とりあえず、しばらくは余計なことはせずに大人しくして、ウェイド様には謝罪をしなければ。
これ以上余計な騒動を起こさなければ、婚約破棄を考え直してくれるかもしれませんわ。えっと、この呼び鈴を鳴らせば誰か来てくれますわね。
枕元にある鈴を鳴らそうとすると、ちょうどドアが開く。
「っ!! ウェイド様!?」
「目が覚めたか?」
「はい、この度は申し訳ありませんでした!!」
「……痛いところはないか?」
「はっ、はい。大丈夫です」
「そうか、良かった」
んっ? 怒ってはいなさそうですわね?
とりあえず公爵の怒りを買っていないことにほっとする。だが、相手は仮面の公爵と呼ばれた男だ。次の言葉で婚約を白紙にと言われてもおかしくはない。
「あの、ウェイド様……私」
「ダメだ」
「っ!?」
やっぱり私との婚約関係を白紙に……
「御礼状を書こうとするのは辞めてくれないか。君は当分、療養に集中してほしい」
「そっ、それは……つまり……」
婚約破棄はお考えになられてないってことでしょうか?
「君がまた倒れそうになったと聞いて、どれほど驚いたか。ついいつもの癖で彼を……屋敷医をたしなめたが、その結果困っている君を放置するなどとんだ失態だ……婚約まで急いでしまったから、式まではきちんと距離を取るつもりでいたが」
公爵はそう言いながらカレンの髪をそっと手に取り口付けをする。
「彼女たちを信用していないわけではないが、この屋敷に来てまだ2日目だというのに、2度も医務室のお世話になるなどリドル家の名誉にも関わる大問題だ」
「あ、あの、それは私に問題があって……」
殿方にこのようなアプローチをされたことがないカレンは顔が熱くなる。
「君は次期リドル公爵夫人だ。問題があるとすれば、全て僕の不手際によるもの。きちんと正す必要がある。今日から君の世話は僕が直接しよう」
「はい?」
公爵様がお世話を?
やはり頭を打ってしまったのだろうか。何を言っているのか理解出来ない。
「彼らには……特にヤドラにはきつく言っておいた。だが、この屋敷の当主である僕に全責任がある。遠い領地から1人、休む間もなくパーティに参加し、慣れない環境で疲労が極限に達しているなど考えなくても分かることだ。それに気づかず君を振り回してしまってすまなかった」
「いえ、いいえ!! とんでもないです。私の問題ですので、ウェイド様はどうか」
言葉を遮るように公爵は両肩に手をのせると、隣に座り目を近づける。
「何か問題があれば僕が動く。それが僕のやり方だ」
「…………はい」
「良かった。お腹が空いただろう? 何か食べ物を用意させるから、もう少しベッドで休んでいてくれ」
公爵が部屋を出ると同時に、身体中の力が抜ける。
ずっとエル様だけをお慕いしていましたが、殿方がこんなにも力強いとは思いませんでしたわ。
公爵に肩を引き寄せられるように手を置かれても痛くはなかった。それどころか、温かい手だとすら思ったが、その真剣な視線から逃げることが出来ない。力強い眼差しからそらすことが出来ず、気づけば「はい」と返事してしまっていた。
まだ式も挙げていないというのに同じ部屋で、それも、こっ、このようなベッドの上で2人で座るなどなんて破廉恥なんでしょう。




