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許可なくレディの診察をしてはいけません

 侍女頭に言われるまま医務室から出ていく。


「私の実験し……じゃなくて仕事部屋なんだけどなぁ、出ていけなんてひどいですよね?」


 やんわりと退室を促されたので、次期奥様の身体をついでだから確認しておこうと着替えを手伝うと申し出たところ、侍女頭からすごい勢いで追い出されたのだ。


「……………」


「あれ? 聞いてますか? 公爵様も私のプロ意識はご存知ですよね!? もちろん、女体の美しさの追求はオスの本能として否定することは出来ませんが、私は仮にもこの屋敷の主である公爵様、ひいてはその未来の奥様の健康を守る立場にあるのですから着替えを手伝うことは正当な義務があるともいえるわけで」


 いつもならここでお叱りの言葉がくるというのに、公爵からの反応がない。


「公爵様?」


「………………」


「えっ!? 意識は……ありますよね!? 壁なんて見つめてどうしたんですかっ!? 公爵様っ!! お返事してください!!」


「僕は……」


「あぁ良かった。意識はあるようで……」

 

「僕はなんと気の利かない人間なんだ」


「えぇっ!? 急に何を!? 公爵様ほど先見の目がある人間なんていないですよ? まぁ、強いて申し上げるなら、この屋敷でもっとも尽くしている私の自由予算枠を作って頂ければ言う事なしの完璧な方になられるかもしれませんが」


「ハァ……」


「あれ? 公爵様!? どちらへ!!??」


 ヤドラ医師の言葉に何一つ反応しないまま、重い足取りでどこかへと行ってしまった。


「うーーん、脈も体温も異常なしでお変わりなさそうだったんだけどなぁ」


 カレンの顔を拭こうと近づいた時に掴まれたその瞬間も、この家の主の健康チェックは当たり前のように確認していた。


「そういえば、いつもより呼吸回数が乱れ気味だったような。もしや未来のリドル公爵夫人と何かが? レディの失態については触れないことが紳士のたしなみだが……主人の体調管理より優先するものはないな」


 公爵とは反対に、たった今追い出されたばかりの仕事部屋へと戻るのであった。






「カレン様、他に不快なところはございませんか?」


 ミクリが数人の侍女に着替えと濡れタオルを持って来させ、すぐに綺麗にしてくれた。


「えぇ、ありがとう。助かったわ」


「申し訳ございませんでした。まだ身体がお疲れなのに気づかず、無理をさせてしまうなど侍女頭失格でございます」


 ミクリは頭を下げ、拳をぎゅっと握りしめる。



 困ったわ。本当に追い込んじゃってるみたい。ウェイド様がいる前だったから疲れのせいにしたけど、本当はエル様との妄想で鼻血が出てしまったなんて言えないわ。でも、主人の体調は侍女頭の管理だもの。彼女がそうですかと引き下がるわけにもいかないだろうし。


「私も気づかなかったのよ。それに、この屋敷に来てすぐなのだから体調に気づくなんて不可能だもの。気にしないで」


「そういうわけにはいきません!! きちんと罰をお受け致します」


 そういうと、自らいつ鞭で打たれてもいいよう、ふくらはぎを出す。


 うぅっ、やっぱり引き下がってくれないわね。他の侍女もいる手前、彼女が引き下がるわけにもいかないだろうし、でも何も非がない彼女に鞭打ちなんてとてもじゃないけど出来るわけないわ。

 


「うん。細いが健康的で良いふくろはぎをしているな。見た目の細さより筋肉もあるから、いざという時は素早く走れる申し分のない足だ。だが、もう少し陽に当たった方がビタミンが作られるだろうから身体の為にも少し外にいる時間を……」


「きゃあっ!?」


 いつのまにかヤドラ医師が部屋に戻ってきており、あらわになったミクリの足をかがんで見ていることに気づく。


「ななななななななっ!?」


「どれ、観察では限界があるので触診でもう少し健康状態の確認を……」


 ばちーーーーーーんっ







「それで、落ち着いたかしら?」


「お騒がせして申し訳ございません」


「しっかり冷却しているので腫れは直にひくかと、心配ご無用でございます」


 他の者を下がらせ、とりあえず叩かれた頬を冷やすヤドラ医師としっかりスカートを押さえ、警戒するミクリの3人だけになる。


「こほんっ、まずはミクリさん。私自身気を遣って無理をしたわけではありませんので、今回は罰はありません」


「……はい」


 結果的に大騒ぎになってしまった手前、もう罰を受けますなど言うわけにもいかないミクリは大人しく返事をする。


「そしてヤドラ先……」


「ヤドラとお呼びくださいませ!! 次期奥様に先生など呼ばれると恐縮でございますので!!」


「……では、ヤドラさん、先ほどの診察には感謝しますが、いくらあなたの仕事場でも黙ってレディのいる部屋に入るべきではありません」


 あくまでもまだ婚約者。公爵家に仕える彼らを呼びすてにするには少し気が引けてしまう。


「大変申し訳ございません……ですが、私にはこの屋敷の主人、ひいては全員の体調全てを把握する義務がありまして」


「許可のない診察は無礼とします。それは侍女たちにも適応されますので、良いですね?」


 いくらまだ婚約中の身とはいえ、ウェイド公爵からはカレンに失礼のない対応をするようにと先に伝えられている。つまり、彼女は既にこの屋敷の使用人全てに発言権をもつことになっているのだ。


「……承知しました」


 ふぅ、とりあえずこれで落ち着いたわね。


「これだけ話しても落ち着いているようなので、私は客間に戻ります」


「あぁ、お待ちください」


 ようやく1人になれると思ったところでヤドラ医師に呼び止められる。


「何かしら? もう出血は治ったから診察は不要で」


「えぇ、そのようですね。ですが、ウェイド公爵様がいつもと違うご様子なので、その理由を追求したく、次期奥様にいくつか質問の許可を頂ければと存じまして」


 ひざまずき、カレンの手を取って軽やかに、だが最大級の敬意を示すヤドラにひるんでしまう。


「な、何かしら? 私には何も……」


「いいえ、一見いつもと変わらないご状態に見えましたが、その呼吸リズムは不整さが見られ、いつも冷静な公爵様の調子が穏やかではないようでした」


「それは私にも分からな」


「そしてその不調和は外国の使者が理不尽な要求をつきつけた時よりも、大干ばつで非常用備蓄の在庫が空になりかけた時よりも起こりえなかったものです」


 そんな大惨事の時でもいつも通りだなんて、さすが仮面の公爵様というべきかしら。





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