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片想いは伝わらない

「旦那様……お飲み物をお持ち致しましょうか?」


「いい。それより彼女は?」


「客間でお休みになられています」


「そうか。君ももう下がってくれ」


「はい、失礼致します」




 ハァっ……なぜだ。なぜあんなことを彼女は言ってきたんだ。僕が他の誰かを想ってもいいだと?なんでそうなる!? というか気にしないってなんだ!? 婚約者だろう!!


 寝室で1人になり、壁を頭に打ちつける。


 やっと手に入れた。そう思っていたのに。


 昔から、人の本音を見極めるのが上手かった方だ。そのおかげで、裏表のある者、信頼のない取引は排除し、熱意ある可能性に満ちた者には投資することで成功を納めてきた。


 父に言われ、王族のご令嬢とお近づきになるべく出席したパーティで彼女を見た時、衝撃が走った。他の令嬢たちと同じように微笑んで立っているというのに、何を考えているのか全く分からなかった。それどころか、公爵の僕に媚びを売ろうとする視線の中、彼女は全く僕を見ていなかった。視界にすら入っていない。なのに、その日彼女から目を離すことが出来ないでいた。


「惚れた弱味だな」




 自分の意志で婚姻相手を選ぶ為には、父から家督を奪う必要があった。当主になれば、誰からも指図を受けないで良い。その為に必死で事業を広げ、結果を出した。あの出会いから時間が経ってしまったが、幸い彼女は縁談話を断っているようだった。だが正式に公爵となったタイミングで、彼女が急に婚約を受ける話が出てしまったのだ。


「本当ならもっと時間をかけて近づきたかったんだが……ハァ」


 焦ってしまった。


 彼女との仲を深める前に、公爵家の名前を使って婚姻の手紙を送ってしまった。


「僕が侯爵家から適当に彼女を選んだと思われているんだろうな……」


 事業のことなら頭が回るというのに、彼女に関しては上手く自分をコントロール出来ない。


「…………………………ミクリ」


 一度は下がらせたはずの侍女頭はそこで待っていたかのようにすぐに入って来る。


「失礼します。お呼びでしょうか?」


「早いな……まさかそこで待っていたわけでは」


「まさか!! たまたま忘れ物を取りに戻ってきたところでしたので」


「……そうか」


「それで、いかがなさいましたか?」


「例えばの話なんだが……ビジネスパートナーに誤解した印象を与えてしまった場合、どうすれば関係をやり直せるだろうか」


「…………ビジネスパートナーでございますか?」


「……そうだ」


「国家予算をしのぐ収益をあげただろう旦那様が私に事業の相談ですか?」


「僕にもたまには誰かの意見を聞きたい時もある」


「そうですか」


 侍女頭は必死で表情を平静に保つ。






 リドル家の使用人はそれなりにしっかりとした身分をもっている。ミリアも没落したが元は貴族に代々仕える使用人の子どもだ。この屋敷に来た時、まだ働くには幼く、厳しいスケジュールをこなす旦那様とは一定の距離がありながらも、年の近い同士話をしながら育った関係でもある。




 その旦那様が顔を真っ赤にさせ相談など、頬が緩まずにはいられない。旦那様からの相談はこれで2度目だ。


 カレン侯爵ご令嬢とパーティで出会った日から、ただ当主様に従うだけだった旦那様が変わった。表情には出ていないが、明らかに嫌々参加で行ったあの日から、しばらくは魂が抜けたように過ごしていた旦那様は、どうしたら自分で妻を決められるかと突然聞いてきた。




「それは、ウェイド様が公爵様になられたら良いのではないでしょうか」


「僕が?」


「はい。貴族の方は当主様が結婚相手を決めるものでございます」


「そうか……そうだな」


 それから初めて自分で意思をもったように旦那様は変わっていった。









「それで、どう思うか?」


「そうですね、私は事業のことは分かりませんが、もしお相手が女性なら、まずは話をもっとした方が良いかと」


「話を?」


「はい、想いを素直に伝えられればカレ……いえお相手の方との関係も変わっていくかと」


「そうか……そうだな」



 

 それから黙って考え込む旦那様の様子に、昔と変わらない姿を重ねそっと部屋を出る。


 やはり、あの時の相手はカレン様なのだろう。他のことには頭がきれるというのに、このことに関しては他のご子息と変わらない。


 いや、それ以下かもしれない。それにしても、旦那様は一度決めた時の熱量は圧倒的なものがある。もし、それが愛情だった場合どうなるのだろう。


 これ以上は考えなくてもいいか。私は侍女頭で決められたこととわずかな配慮をする存在。つい、余計なちょっかいを出したくなるが、抑えなければ。静かにお2人を見守っていこう。



「さてと、あちらにもやっぱりお紅茶持っていこうかしら」


 思っていても身体が動いてしまう。もうすぐ若奥様となるカレンの部屋へ持っていく茶葉は何がいいか考えながら、厨房へと向かっていく。



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